短編倉庫
さらさら
「大木せんせぇ〜!留さんと文次郎が〜!!」
それは今から五年ばかり昔の話。
「ばかたれ、ばかたれ、ばかたれぇ!」
「このやろ、このやろ、このやろっ!」
ばたんばたんと土にまみれて取っ組み合っているのは文次郎と留三郎だ。
入学して、互いの姿を一目見た瞬間からケンカが始まったのだからある意味運命的な出会いであったのではないかと当時の同級生達は語る。
「まっ…たく、お前達もよく飽きんのぉ!」
大木の前で正座をさせられる二人は片や鋭い目を据わらせてムスッとした表情を崩さず、もう片方はぐしぐしと涙を拭い鼻をすすっていた。
「…それで、今日の理由は」
「「こいつが気にくわないんです」」
「またそれか!」
文次郎と留三郎はとことん仲が悪かった。
しかし互いが嫌いなのかと訊くとそうではないと首を振る。
馬が合わないのかと訊くとそうでもないと言う。
それどころか、いざというときは息も合わせるし協力を惜しみはしない。
奇妙だがそういう仲なのだと大木は黙認していた。
しかし、そんなある日の夕暮れに事件は起こった。
「大木せんせぇー!留さんと文次郎が〜!!」
いつも通りの伊作と仙蔵の声に大木は採点している筆を置いた。
「やれやれ、こんな夜中に喧嘩か!」
「ちがいます〜!」
伊作が首を振り、首をかしげると仙蔵が涙目の伊作を宥めながら大木を見る。
「文次郎も留三郎も、昼に出かけたきり帰ってきていないんです」
「っな…なんじゃとぉ!?」
「モソ…」
伊作と仙蔵の後ろからもう一人が遠慮がちに顔を出す。
「んん?お前は一年ろ組の中在家長次だな。どうした」
「…………モソモソ…」
「ん?」
小さすぎて何と言っているのか聞き取れない。
「…小平太が…まだ…」
耳を近づけてようやく聞き取れた言葉に、すぅと血の気が引く思いだった。
「ーーーーーーーーーまさか、帰っとらんのか!?」
長次がこっくりと頷くと同時に大木は険しい表情で立ち上がった。
「ええい、お前ら付いてこい!先生方の応援もいるからのぅ、説明を手伝え!!」
「「「はい!」」」
時間は半日ほど前に遡る。
今日は休校日だったため、小平太に誘われて裏裏山の原っぱで鍛練も兼ねてのかくれんぼをすることにした。
「留三郎見つけたぁ!」
「残念、そいつは身代わりで本物はここだ!」
「留三郎みーっけ!」
「あ゛」
あのばかたれめ…と文次郎は隠れたまま息を吐いた。
同級生の中では比較的小柄である文次郎は、こうして物陰に潜むことを得意としていた。
大樹の根元に口を開いている穴の中で息を潜め、外の様子を窺う。
食満と小平太がいなくなったのを確認すると、そのまま上部に空いている穴まで樹の中を登っていこうと一歩後ずさった。
途端、
「あっ!?」
足を置いたそこには地面など存在していなかった。
バランスを崩した体はぽっかりと足元に空いていた穴に落ちていく。
「文次郎っ!!」
その手に柔らかな感触を感じた直後、食満と小平太の顔が見えた。
「ま、間に合った〜!」
「やったな!」
「おう!」
しかし、その笑顔もぶちっという不吉な音にあっさりと消える。
「ーーーーーーーーー小平太、今の音はなんだ?」
「…スマン!掴んでた根っこが切れた!」
「「何ぃいーーーーーーーー!?」」
数秒後、穴の底でドサドサという鈍い音が響いた。
そして三人があれこれと脱出の手段を練っては実戦しているうちに話の時間軸は元に戻る。
「……ごめん…」
「なんでてめーがあやまるんだよ」
「気にするな!これは私たちみんなの失敗だからな!」
しっかりとした言葉だが、その裏に疲労が滲んでいるのを文次郎は感じていた。
三人は遠く狭い空を見上げる。
「…潮江、足はいいのかよ」
「もんだいない。それよりいいかんがえが浮かんだぞ」
「小平太と食満を人馬で外に出す」
「まて、お前はどうするんだよ」
「高さ的に俺一人での脱出は無理だから、助けをよんできてくれ」
「でも、もどってくるまでもんじは一人になってしまうだろう?」
「おれの心配はいい。そんなものより、陽がくれる前に助けをよぶことが大事だろう。二人とも、ちょっとこっちに来い」
二人の気配が近づくと文次郎はクナイを取り出して薄暗い地面に図を描いた。
「まず、おれとこへが土台になって留三郎をのせる三人人馬をやる。小平太は二人人馬でも地上に出られるだけのちょーやく力があるだろ」
「おう、よくわからんがとぶんだな!まかせろ!」
「よし、ならばさっそくやってみるぞ!!」
食満が小平太と文次郎の上に乗る。
「いち、にの…さんっ!」
食満の体がふわりと浮き、穴の縁にしがみつく。
「ふっ、ん、ぎぎぎぎぎ!!」
何度か足が土を掻き、なんとか出られたのを見届けると文次郎は再びしゃがみこんだ。
「いいか小平太、思いきりおれのかたをけってとぶんだぞ。おれの足の心配したらあとでぶつからな」
「もんじのげんこつか、いたそうだな!あんしんしろ!すぐに先生たちをつれてくるから!」
「たのむ」
スッと腰を落とす。足がびりびりと痛むが気にしない。
「いち、にの」
「さんっ!!」
肩に重みがかかった。それに抗うように思いきり跳ね上げると小平太の体はふわりと宙を舞って穴の外に飛び出した……と、同時にひとつの影が自分の前にドシンと下りてきた。
「…食満っ…!?」
「悪ぃ…やっぱりおれ残る」
「はぁ!?」
「お前をおいていけない」
「〜〜ガキあつかいすんな!同い年のくせに!ばかにしやがって!」
「ばかにしてない。ガキあつかいもしてない。お前が心配なんだ」
ぎゅ、と両手を握られる。
「お前、泣いてないし」
「は?」
「泣き虫のくせに、まだ泣いてねーじゃん」
「………………泣いてるばあいじゃないだろ」
「そうだな。でもここに一人で残ったら、こわいしさみしいだろ」
「…」
「泣けよ」
「…」
「おれの前では、泣いていいよ」
体温が文次郎を包む。その温かさに何故か安心できて、目の前が揺らめきはじめた。
「………っば…ばかじゃね、の」
「うん」
「せっかく外に出られたのに」
「うん」
「おれのせいなのにひとの心配するとか、ばかみてっ…」
「そうだな」
「う゛、っ〜〜〜〜…!」
「足いたい?」
「い゙だい゙…し、…ごわ゙い゙」
痛む足を留三郎の手がそっとさすった。
「ここ、夜になったらオオカミとか来そうだもんな」
「…だから、外に出ればって、思っ…う、ぅう゛〜っ」
「小平太ならだいじょうぶだから。きっとすぐにもどってくる。そしたら大木せんせいに助けてもらって、げんこつされて、伊作と仙蔵と長次に怒られてさ、またいつもどーり明日からじゅぎょうに出ようぜ」
留三郎の手が優しく背中をさすり、頭を撫でるのを感じながらしゃくりあげて泣いていた。
「文次郎!留三郎!」
二人が見つけ出されたのはそれから一刻半程経ち、陽がほとんど暮れた後。
助けに来た大木とついてきた伊作と仙蔵が見たのは、泣き疲れて眠ってしまった文次郎を守るように抱き締めてこちらを見据える留三郎の姿だった。
そして五年経った現在。
「かくれんぼしよう!」
その突然の提案に仙蔵は目を細めた。
「…まぁ、なんだ……理由を聞こう」
「こないだ体育委員会でやってみたら存外楽しかった」
その言葉に仙蔵は眉間にシワを寄せる。
「この間…とは、よもや先日の嵐の日を言っているのではあるまいな?」
「その通りだ!さすが仙蔵だな、話が早いぞ!嵐の中でマラソンをするのも悪くないが、金吾が突然『かくれんぼがしたい』と言い出してな!滝もそうすべきだと推してきたから試しに学園の中を使ってやってみた!」
「それで楽しかった、と」
「ああ!だから」
「悪いが私はこれから作法委員会の生首フィギュアを披露し合う会に出なくてはならない。他をあたるんだな」
「かくれんぼどんどーん!」
「なっ…おい、小平太!」
中庭に行くと既に他の二人も集められていた。
「あとは留三郎と文次郎だな!」
「小平太、思うんだけどあの二人は誘わない方がいいんじゃ」
「あ、二人ともいるじゃないか!おーい!」
伊作の制止も空しく、見つけるなり小平太は果敢にも取っ組み合いをしている二人がたてる土煙のなかに飛び込んだ。
「おわぁあっ!小平太!?」
「どうしたんだ、一体?」
「留三郎、文次郎!かくれんぼしよう!」
その言葉で瞬時に二人の表情が一変した。
「「断る!!」」
「なんで!?」
「お前、五年前のこともう忘れたのかよ!?」
「とにかく絶対嫌だからな!あんな思いはもうたくさんだ!」
「遠慮するな!皆と裏裏山でかくれんぼどんどーん!」
「だあぁ!話聞いちゃいねえ!」
「ええい、逃げるぞ文次郎!!」
「今回ばかりは同感だ!」
言うなり留三郎は文次郎の手を掴むと門にいる小松田のサインコールを無視して駆け出した。
「あっ、こら!まてー!!」
「出門表にサインーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ーーーーーーーーーで、そのままここまで逃げてきたのか。その逃げ足、忍者になるに値するのぉ」
「…ありがとうございます」
気まずそうに正座している二人の前であぐらをかいているのは、数年前に教師を退職した大木だ。
「いきなり二人してやって来るから何事かと思ったわ。その後に出門表とか叫びながら付いてくる事務員にも驚いたがの」
結局、あれだけの距離を走ったというのに疲れの一片も見せずについてきた小松田に根負けして二人は出門表にサインをし、彼を帰したわけだが。
「まぁせっかく来たんじゃ、茶くらいでも出してやるかの。…あー、ところでお前ら」
腰を上げた大木がそこで堪えきれず口元に笑みを浮かべた。
「……その手はいつになったら放すんじゃ?」
指し示す二人の手はしっかりと握られていた。
二人は真っ赤になってその手を放し、ばつが悪そうに大木から目を逸らしてお互いそっぽを向いた。
「お前らは昔から変わらんのぉ」
大木は茶櫃から茶碗を二つ取りだし苦笑した。
少しだけ畑の手伝いをして、手土産にらっきょうを貰って帰路についていると不意に文次郎が息を吐いた。
「ーーーーーーーーーったく、小平太から逃げるだけにここまで来るなんて、俺たちはもしかして馬鹿か?」
「珍しいな、俺も同じことを考えていた」
「…お前が急に引っ張るから」
「はぁ!?てめぇの足が短いから少しでも早く走れるように手伝ってやったんだろ」
「誰の足が短いだぁ!?」
「お前以外の誰がいるんだよ!!」
「身長なんざ大して変わらんだろう!」
「俺のが一センチ高いわ、このチビ!」
「学力では俺の方が何倍も上だバカタレ!アホのは組!」
「んだとコラァ!!俺は実戦派なんだよ!俺のが強ぇ!!」
「ろくに鍛練もせん奴がよく言うわ」
「ちゃんと自主トレしてらぁ!やんのか!?」
「やらいでかぁ!!」
二人の手ががっしりと組み合ったとき、ガクン、と二人の視線が急落した。そもそも土手で取っ組み合いをしようという考え自体間違いなのだ。
「うわっ!?」
「おわっ!!」
バランスを崩した二人の体は傾き、傾斜のついた草原をなかなかの勢いで転がり下りていった。
ぐるぐると天と地が自分達の周りを回り、ようやく止まったとき二人は互いに戦意を喪失するほどに目をすっかり回して手を繋いだままのびてしまった。
空は青く、繁る草の匂いが鼻をくすぐる。
五年前はよくあの原っぱで二人、よく取っ組み合いをしたり遊んだり鍛練をしたものだった。
今、あの原っぱはどうなっているだろうか。
置き去りにしていた思い出は形を変えて現在にまた現れた。
自分達の関係はあの頃から確実に変わった。
それに伴って、あのとき感じていた触れると温かく柔らかい感情は激しくも穏やかな愛おしい気持ちへと確かな形を作り出した。
形は変われど、それは今も自分達の前にいる。
さらさらと草が揺れ、鼻につくのは草の匂いと、隣にいる彼の匂い。
その匂いに安心を覚えるのは何故だろうか。
「…おい、何笑ってんだよ」
「笑ってねぇよ。お前だろ」
「俺ぁ笑ってねーよ。目ぇ腐ってやがんのか」
「なわけあるかよだぁほ」
「んだとバカタレ」
互いの顔を見て、笑い合って、喧嘩して、こうして若草の上でくだらない話をする。
ただそれだけで、
幸せ。
END
20分以内に1RTされたら、草原で笑いをこらえて手をつないでいる留文をかきましょう。
というお題をやってみたところRTを2ついただいたので書いてみました!
短いお題相手にだらだらと長く書いちゃってすみません!
可愛い!(゚▽゚*)とRTして下さった喜助さん、驚きのスピードで即RTして下さった都ちゃん、ありがとうございました!
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