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寝ながらベッタリ
ある夜更けのこと。
用具の点検を終えた俺は廊下をふらふらと歩く恋人の姿を見つけた。鍛練かと思ったが、服が汚れていないことから帳簿をつけていたと察する。
「文次郎」
緩慢な動きで振り返った文次郎の目の下には黒々とした隈が居座っていた。
「とめ…」
「お前…いったい何徹したんだ」
ひい、ふう、なな、ここのつ、みい、と数える文次郎の手を握り、ため息を吐く。
「マトモに数も数えられなくなってんじゃねえか。さっさと寝ろ」
「………ん…」
文次郎は俺の顔をぼうっと見つめると、肩に頭を擦り寄せてきた。
これに仰天したのは俺の方だ。
「もっもももっも、文次郎!?」
「……眠ぃ」
「わ、わかったから…ほら、部屋まで連れてってやるからしっかり歩け!」
足元が覚束ないようで奴の重心は俺の体にかかっていた。
はあ、という文次郎の熱い息が首筋にかかり、その度に心臓がばくばくさせながらその筋肉のついた体を抱いてい組の部屋に急いだ。
(このままでは理性がもたん!)
障子を開けると、仙蔵は既に熟睡していた。
とにかく布団を敷いてこいつを寝かせなければ。
ぐるぐると考える間に文次郎は俺の肩にもたれたまま眠りそうになっている。
「文次郎…もんじ。まだ寝るなよ」
「んぅ…」
艶っぽい声にどきどきしながら文次郎の体を壁にもたれさせ、一旦離れて押し入れを開けようとしたとき袖を引かれた。
「?もんじ…?」
「…さむい…そばにいろ」
うとうとしながら言うその姿は実に俺を煽ったが、この状態でそんなことになっては不味い。
「ちょっと離れるだけだから。な?」
「やだ。とめのそばがいい。そばにいなきゃやだ」
幼子のようにそう言って俺の首に抱きつく文次郎にうっかり理性を手放しかけたがなんとか追いすがり、抱き締めようとした手でその頭を優しく撫でてやった。
「わかったよ」
文次郎を片腕に抱いたまま立ち上がり、押し入れを開けると空いている腕で布団を担ぐ。足で押し入れを閉じ、しゃがんだ膝に文次郎を座らせて布団の用意をした。
その間、文次郎は俺の首から絶対に離れようとはしなかった。
(夢か、これ…夢なんじゃないか)
額を胸板に擦り付ける文次郎は今までに無いほど甘えていた。
それこそ寂しがりの子猫さながらである。
「ほら、寝巻きに着替えて…」
「ん〜…こそばいぃ」
「こら、脱がねぇと着替えらんねぇだろ」
身を捩る文次郎を布団に引き倒して袴の帯をほどいた時、普段は人目に晒すことの無い肌が目に入ってギクリとした。
(平常心平常心平常心平常心平常心平常心)
「よし、できた!もんじ…おわっ!!」
文次郎は俺の襟首を掴むと無理矢理引き寄せ、俺の唇を自身のそれを合わせた。
「もっもんじ!?」
ぐるん、と天地が回って俺の体はいつのまにか布団に倒されていた。そのうえに文次郎が覆い被さり、俺の首や鎖骨に赤い跡を残していく。
「…もんじ…」
「…だめか?」
とどめだった。
「駄目なわけ無っ…」
がくり。
文次郎の頭は俺の体に突っ伏し、じきに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「…ね、」
(寝やがった…!)
がっくりと脱力するが、穏やかな寝顔を見るとそんなことも忘れてしまいそうだった。
(俺も寝るか…)
「…さて……?」
文次郎が動かない。
俺の服を掴んで離さないのだ。
「…え………」
(ええええええぇ〜…)
「………なんだこれは」
押し倒された状態のままの俺を見つけた仙蔵は、あからさまに不快な表情で見下ろしてくる。
「…………も、モンデレ?」
「うっとおしい」
仙蔵がその懐に手を入れた。
気まずい思いで愛想笑いをしてみるも、それは逆効果だったようだ。
「………せっ、仙蔵さん?」
その朝、長屋では炮烙火矢を手にして留三郎を追い回す仙蔵と、しがみついたまま離れない文次郎をお姫様抱っこして逃げ回る留三郎の姿が見られたそうな。
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