短編倉庫
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寝相で蹴られても、落とされても。
伊作が風邪を引いた。
この間の『身隠しの盾の役』オーディションで池に落ちたからだ。
今までの経験から、同室の俺に風邪を移すわけにはいかないと放り出されたはいい。だが、俺にどこで寝ろと言うのだ奴は。
「はは…は、はっぐしゅっ」
このまま廊下にいたらそれこそ風邪を引いてしまう。
「何してんだ」
鼻水を啜りながら声の方に目を向けるとあからさまに嫌な顔をした文次郎がいつもの奇妙な鍛練スタイルで立っていた。
「うるへー、寝るところが無えんだよ」
「はぁ?」
そして俺の同室の悲惨な状況を思い出したのか「ああ」と頷く。
「そりゃ災難だったな。俺も今日は委員会を開くことができなかった」
「?そっちは全員じゃないだろうが」
「左門が他の奴らに風邪をうつしやがったんだよ」
あいつらも風邪にやられるなど鍛練が足りん!と憤慨しながら文次郎が頭巾をはずす。
「ったく、帳簿はまだまだ残っているというのに…」
「この場合は風邪をひかないお前が異常なんだよ」
「鍛え方が違うんだ」
俺は自慢げに言う文次郎にわざとらしく肩をすくめてみせた。
「よーやるわ。脳ミソまで筋肉になっちまうんじゃねえか」
「はん、お前は自分の足りん脳ミソの心配してろ」
「んだと…やるか!?」
「やらいでかぁ!!」
そんな俺たちの間を冷たい風がびゅうと通りすぎていった。
「びゃっくしょい!!」
「うわ汚ねっ!!」
くしゃみをした俺から飛び退くと文次郎は迷惑そうに眉を寄せた。こんなんじゃろくにケンカもできやしねぇ。
「……仕方ねえ、一時休戦だ……今日は勘弁しといてやるよ」
鼻をすすると文次郎に背を向けて俺は寝床を探しに行くことにした。
「おい」
足を止め、振り返ると文次郎は奇妙な表情で視線を泳がせている。
「その…仙蔵は任務で三日ほど空けている」
「そうみたいだな」
「だから、その…」
頬を掻き、俯いて自分を見た文次郎の姿に自分のスイッチが切り替わるのを感じた。
「だから、何?」
「察しろ!…言わせんなバカタレ」
顔を赤らめた文次郎に俺は顔が綻ぶのを抑えることができなかった。
「………で、何で一緒の布団なんだよ」
恥ずかしいのか、少しばかり距離をとって文次郎が尋ねる。
「布団は自分の部屋にあるんだよ。仙蔵のは使えば怒るだろ、あいつ。だから…な?」
「な?じゃないわバカタレ!もうひとつくらい布団出してやるからっ…!」
ぎゅ、と文次郎の腰に巻きついた腕に力を籠めるとその動きは容易く止められる。
「俺は、文次郎と一緒の布団がいいの」
「…………俺…寝相、悪ぃぞ」
「大丈夫だって!何があろうと絶対離れねぇから!!」
翌日、目を覚ました文次郎は俺の顔や全身にできた痣や傷を見て自分の寝相の悪さを改めて自覚することになる。
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