先憂後楽ブルース
ライバルの空飛ぶ船
ダヴィットが特例委員会委員長に連行されてしまい暇が出来た俺は、その息子グッド・ジュニアと共に彼の船を見せてもらうことになった。『グッド・ジュニアさんの船を見に行きます』という書き置きを残し、俺はこうしてグッドさんと歩いている訳だが…。
グッド・ジュニアは最初こそ恐くて背中に入れ墨でもしてそうな感じだったが、彼が始終にこにこしてるもんだから途中から怯えるのも馬鹿らしくなってしまった。見た目が怖い人ほど優しいっていうのは、彼のことかもしれない。外見はクロエよりもずっと恐いのに、表情の笑顔率はジーン並み。
それにしても、なんて背の高い人なんだろう。俺より20センチは高い。体つきもがっしりしてるからさらに大きく見える。焦げ茶の髪もボサボサで、男性フェロモンの塊みたいだった。繊細な部分が1つもない。
「あの、グッド・ジュニアさん」
「ん?」
俺のテンポにあわせて歩いてくれていた彼に、俺は思い切って声をかけた。足が長いのでつらそうだ。
「俺、ハリエットさんを待ってるんです。だからあんまり遠出できなくて…」
いつ彼女の時間があくかわからない。船を見に海まで行く余裕があるだろうか。
「大丈夫大丈夫、すぐそこだから」
そう笑顔で言われてしまえば信じてついていくしかない。それにしてもすぐそこって…本当に大丈夫だろうか。
「あ、あと俺のことは、船長かキャプテンって呼んでくれ!」
「船長?」
彼にはそういう肩書きがあるのだろうか。まあ確かに海賊みたいな服を着てるし、どんな海賊船の船長より恐そうだ。
「なんなら、名前で呼んでくれてもいいけど」
「…名前、なんですか?」
俺が尋ねるとグッド・ジュニアは額を押さえ、しまったという顔をした。
「そういや言ってなかったな! 俺の名前はフィース。フィース・V・グッドだ」
…フィース? どこかで聞いた覚えがある。どこだろう。
「垣ノ内は、あだ名とかあるのか? あるならそれで呼びたい」
「いや、ないです。ってか普通にリーヤって呼んでくれた方が…」
そういや俺にあだ名ってないな。友達にはリーヤか垣ノ内って呼ばれてるし。母方のおばあちゃんには長い間、チキンボーイって言われてたけど。
「着いたぞ、ここだ」
フィースが廊下の奥の小さな扉の前で立ち止まったので、俺は顔をしかめた。
「ここ?」
「おうともよ」
こんなところに船が? という俺の疑問は、フィースが扉を開けた瞬間吹き飛んだ。
そこは、例えて言うなら飛行機の整備場のようなところで、かなりの広さと高さを持っていた。それもそのはず、そこにはフィースのいう船がすっぽりおさまっていたのだ。しかもただの船じゃない。かなり大きい。見た目はクルーズ船などとは違って、木材で出来ていた。古くからの海賊船って感じだ。
俺とフィースは2階の出っ張った通路にいたので、その3本マストの船の舳先から船尾までよく見えた。甲板では船員らしき男達がせわしなく動いている。
「すっげぇー…」
何でここまで巨大な船がこんな場所にあるのかはわからないが、感動せずにはいられない。気づけば俺は手すりに掴まり身を乗り出していた。
「これが俺の船、“深き青”号だ。いつもはレジスタンスの時にしか乗らねえんだけど、チームのみんなが来るってきかなくてさ」
誇らしげに船を紹介してくれるのはいいが、かなり気になる言葉が俺にはあった。
「レジスタンス、フィースもやってるの?」
「ああ勿論! この船は親父から受け継いだんだ」
なるほど。ということは特例委員会にいる親父さんはレジスタンスに成功したんだな。そしてその息子も同じようにレジスタンスに…いや待てよ。フィース、それにレジスタンスって…
「あーーっ!」
俺はやっと思い出した。彼の名を、一体どこで聞いたのかを。
「フィースって、レジスタンス暫定1位のクロエのライバル!」
そうだ、何で名前を聞いた時にすぐに気づかなかったんだろう。前に来た時に彼の記録を見たことがある。違法だけど。
「なに? クロエのこと知ってんの?」
フィースに詰め寄られて初めて、俺は墓穴を掘ってしまったことに気づいた。ただでさえ嫌われてるクロエだ。ライバルの前で名前を出したりして、大丈夫な訳がない。
「いや、知ってるっつうか、家に居候させてもらってるっつうか、…ジーンが親切にしてくれてさ」
言い訳みたくなってしまったが、目の前の男を怒らせないためには必要なことだ。あのデカい手にかかれば俺の首なんてポキッと折れてしまうだろう。
ところが、俺の心配をよそにフィースは目に見えて嬉しそうな顔になった。
「ジーン! お前ジーンの友達なのか?」
俺の手をとり、小さな子供のようにはしゃぎだすフィース。少しも怒り出す気配はない。
「う、うん。フィースはジーンを知ってるの?」
「もちろん! アイツは俺の心の友だ! いい奴だよなあ。テスト前には俺に勉強教えてくれるし、ジーンがいなけりゃ確実留年してたな、俺」
「へぇー…ってフィースってジーンと同い年!?」
「? 当たり前だろ」
「嘘…」
全然そんな風に見えない。ダヴィットより年上かと思ってた。
「ってかクロエとライバル…なんだよな、フィースは」
あまりにもクロエに対する反応が薄かったため、俺はフィースの後ろ姿を見ながら尋ねる。けれど彼は首をすくめるだけだった。
「ライバル、かもしれないな。ジーンんとこもEB破壊数ハンパねえらしいし」
…そうか、フィースは他のチームの成績を知らないんだ。わかるのは自分の成績だけ。比較出来ないんだな。
それにしても、クロエのことを鼻にもかけてないのが気になる。
「フィースは、クロエのこと嫌いじゃないの?」
今まで会ったレジスタンス参加者は全員嫌ってた気がする。フィースは違うんだろうか。
「クロエかー…まあ生意気だし良いとこねえけど、嫌いじゃねえよ、俺は」
「フィース…」
クロエ、良いとこないんだぁ…。
「確かにジーンに比べたらちょっとアレだけど、アイツもあれで結構いい奴だよ。それにジーンだってクロエに、DVしてるし…」
常識人ジーンの唯一の欠点であり非常識な部分。優しくて完璧なはずのお兄ちゃんは、弟が嫌いで時々暴力をふるっている。一応それなりの理由があるようだし、暴力というよりはケンカ、いや仕付けだが。
「クロエがジーンにDV!? それホントか?」
「いや、クロエがジーンにじゃなくて、ジーンがクロエに」
俺は心配そうな顔で食いついてきたフィースに説明する。けれど彼はそれを馬鹿にしたように笑った。
「何言ってんだよリーヤ。あのジーンがそんなことするわけないだろ! 虫も殺せないのに」
「………」
どうやら彼はジーンを善人だと思い込んでるようだ。いや善人には違いないけど、真実はこのまま伝えない方がいいな。
俺とフィースは船を囲むように作られた細い通路を通り階段を降りた。間近で見ると船の大きさに圧倒される。
「フラムさんは多忙だ。俺も会わせてもらえなかった。時間ならたっぷりあるから、船内見てけよ」
カンカンと靴音を響かせて歩くフィースの後を、俺は慌てて追う。この船にがぜん興味が湧いてきたのだ。
「レジスタンスってことは、あの船飛ぶんだよな!?」
「ああ、もちろん」
「すげえ!」
空飛ぶ船、なんてまさにファンタジー。未来、いや異世界に来たって感じだ。
室内に停泊しているはずなのに、船の帆ははられていた。そこには大きなサメが海賊マークよろしく描かれている。大きく口を開き牙から血を滴らせるサメは、今にも動き出しそうなくらいリアルで恐ろしかった。
フィースは動物に例えるなら熊だが、海の生き物に例えるならサメだ。きっとそれをイメージしてるんだな、うん。
船に近づくにつれガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。人が歩き回る音もだ。下からじゃよく見えないが、結構人がいるようだ。
「リーヤ、これが俺のチーム“ブラッド・シャーク”の船だ! レジスタンスを始めた時から一緒に戦ってきた相棒だぞ!」
フィースが自慢げに話す気持ちもわかる。それほどまでにすごい船だ。船室や窓もあって、舷側からは大砲が出てきそうな目立たない小窓がある。これが飛ぶなんて信じられない。けれど船のあまりの大きさに、敏捷さはないように見えた。
「これ、こんなにデカくて大丈夫なのか? レジスタンス中狙われ放題な気が…」
標的は大きければ大きいほど撃ち落としやすい。この図体のある“深き青”号がレジスタンスに参加している様子を想像して、俺はなんだか複雑な気分になった。こんな巨大な船、他の参加者の乗り物の中で明らかに浮いてる。
「平気平気。パッと見、木で出来てるように見えっけど、ちゃんと裏でコーティングしてあるから」
「へえ…」
コーティング、だけであのレーザービームやら火炎放射器に耐えられるのか。謎だ。
「窓とかも補強してるし耐久性も完璧。ポリ…なんだっけ……ポリエチレン製とか、なんかそんなん」
「ポリエチレン製!?」
それって…ポリバケツとかポリ袋に使われてるアレだよな? あんなの熱にやられて一発じゃないのか。
「リーヤ、チームの船員を紹介したいんだけど全員は無理だからさ、副キャプを紹介する」
「え? ああ、うん」
副キャプって、部活かよ。なんでも略すのは日本人の悪いくせだ。フィースは日本人には見えないけど。
俺の怪訝な顔をよそにずっと柔和な笑み見せる彼は、手でメガホンを作り甲板に向かって叫んだ。
「ノイ、ノイ! 帰ってきたぞ! 紹介したい奴がいるんだ!」
フィースが馬鹿でかい声を出してからすぐに、船縁から誰かが顔を出した。
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