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先憂後楽ブルース
人は見かけによらない


「船長! どうしてこんなに早く?」

その人の顔は下からじゃよく見えなかったが、声のトーンで若い男だということはわかった。

「親父が来ちゃったんだよ、俺はお役ごめんだ! 甲板に上がりたいから、渡し板を下ろしてくれ!」

フィースはそう叫んだあと俺を見て、驚かせてやろうぜ、といいウインクした。日本人がやると寒いだけなのに、外国人がするとどうしてこんなにきまってるんだろう。

「船長! 悪いんですが板を下ろすのが面倒なので、ロープで登ってきてくれませんか!」

船員から返ってきたのは、かなりずけずけとした言葉だった。面倒って、フィースの船長としての威厳が消えている。

「わかった! 縄を下ろしてくれ!」

けれどフィースは嫌な顔1つせず、俺を一歩下がらせる。その瞬間、太い縄がぶらりと垂れ下がってきた。

「リーヤ、登れそうか?」

フィースが心配そうに尋ねるので、俺は自信たっぷりに頷いた。

「たぶん大丈夫。こう見えても中学時代、ワンダーフォーゲル部だったから」

「おお、そりゃ頼もしい」

ちなみに俺は、そこで部長をやってたりもした。理由は簡単、その時の最高学年が俺しかいなかったからだ。
俺がワンゲル部に入部した経緯はかなりふざけていた。俺は昔から恐竜やら化石やらが好きで、よく採掘場に行っては貝殻などの化石を掘っていた。だからもしかしたらこの部に入れば、化石が掘れるんじゃないかと子供ながらに考え入部したのだ。けれど普通の山で簡単に化石が見つかるはずもなく、俺は3年間山の頂上の綺麗な景色を堪能しただけで終わったが、それなりに楽しかった。

慣れた手つきでしゅるしゅると登っていく俺を見て、フィースは下から感嘆の声をあげていた。俺が半分以上登ってから、フィースも縄に手をかけ俺の後に続く。だが順調にロープを手繰り寄せながら足場を確保し、もう少しで登りきれるというとき、俺は足をすべらせた。

「ぅお!」

落ちる、と覚悟したその瞬間、俺の体は後ろから支えられる。俺が体勢を崩した時、下にいたフィースがぐんと距離をつめたくましい腕で俺を抱きかかえたのだ。その大きな体からは想像も出来ないほどの機敏な動きに、俺は言葉もなかった。

「大丈夫か?」

「…あ、うん」

危機一髪とはまさにこのこと。ロッククライミングと変わらない危険度なのに、調子にのりすぎた。フィースに感謝しなければ。

「甲板までもうちょっとだ。上がれるか?」

「大丈夫、ありがとう」

俺は逸る心臓を深呼吸して落ち着かせ、再び縄をつかみ腕の力で体を無理矢理持ち上げる。やっとこさ船縁に手をかけたその時、下から力が加わって俺は簡単に船の甲板に到達した。

「よっこらせ、っと」

ほぼ同時に俺を押し上げてくれた意外と身軽なフィースが姿を現す。そして次の瞬間、すぐ側で怒鳴り声が聞こえた。

「船長! 早く帰るなら帰るって、ちゃんと事前に知らせて下さい!」

俺は周りに視線を巡らすも、この夫の帰りを待つ妻のような理由で怒っている人の姿は見えない。

「リーヤ、下」

フィースの声に従い俺は足元を見た。

「わあ!」

そこには確かに人がいた。栗色の巻き毛に淡いブルーの瞳、またしても外国人だ。コントみたいな話だが、小さすぎるのと近すぎるので見えなかった。

「悪い、ノイ。親父が来るなんて予定外だったんだよ。…みんなは?」

不思議なことに、甲板には俺たちしかいなかった。船から騒音が聞こえていたので、てっきり人がたくさんいると思っていたのだが。

「他のみんなは船内、もしくは諸事情で出払っています」

「そっか…残念だ。あ、そうだ」

目だけを動かし船をじっくり観察していた俺を、フィースがぐいと引っ張った。

「じゃじゃーん! ノイ、この人誰だと思う?」

「誰って……………あ、アウトサイダーのリーヤ・垣ノ内!」

ノイ、と呼ばれた人は俺を見てすぐに誰だかわかった。彼はすぐさま無邪気な笑顔で俺に握手を求めてくる。

「初めまして、垣ノ内さん。ここの船員の、ノイズ・クルーといいます。アウトサイダーには大変興味があります。今度時間がある時にでも、ぜひお話を!」

「え、ええ。こちらこそ初めまして…クルー、くん?」

「ノイと呼んでください。みんなそう呼びます」

まだあどけなさの残る顔で、俺に微笑むノイ。こんな小さな子までレジスタンスに参加しているなんて、世も末だな。

「俺のこともリーヤでいいよ。まだ小さいのにレジスタンスなんて、すごいな。ノイは今いくつ?」

「はい、今年で17になります」

「ええ、嘘!?」

ってことは、同い年!?

「ご、ごめん! 俺てっきり年下かと!」

「いいんです、慣れてますから」

ノイは見た目は子供でも中身は大人だった。身長は俺より20センチは低いし、150あるかどうかも微妙だ。どう見ても中学生、小学生でも通る容姿なのに。
人を見かけで判断しちゃいけないな。知らなかったとはいえ、俺はかなり失礼な態度をとってしまった。

「ノイは俺の右腕なんだ! 船の整備監督であり、レジスタンス戦略を考えてるのもコイツだ。ノイがいなきゃレジスタンスでのし上がることは出来なかった」

ノイの肩をぽんぽんと叩くフィース。ずいぶんと彼のことを頼りにしてるようだ。よきパートナーだとは思うが、2人が並ぶとさらにノイが小さく見える。いっこ違いなのに、まるで大人と子供みたいだった。

「整備ってことは、ノイは船大工さんなの?」

「まあ、そんなとこです。大工というよりは、船の耐久力や性能を上げることに力をそそいでいますが」

「え、じゃあポリエチレン製の窓とかも?」

「は? ……ポリカーボネートのことですか」

呆気にとられた顔で俺を見るノイ。やはり窓はポリエチレン製じゃなかった。間違えた本人は手をたたいて、そうそうそっちそっち! と愉快そうに笑っている。そんなフィースを一睨みしてから、ノイは話を続けた。

「船を守るものはそれだけじゃありません。耐久性にすぐれた材質を使うことはもちろんのこと、船の守備レベルを最大にまで上げるため、改造に改造を重ねています」

「…はあ」

ペラペラと熱っぽい口調で説明しだすノイに、俺は若干気後れ気味だ。

「たとえば船をすっぽりおおうバイオウォールは、他の攻撃を完全に防ぐことが出来ます。もちろん攻撃面でも引けを取りません。この船はエッジ爆弾を搭載しており、これは発射すると周囲10メートルのEBのみを破壊するすぐれもので…」

「ノイ!」

すっかり周りが見えなくなっていた副キャプのマシンガントークを、フィースが止める。ノイははっとしたように唇を噛んだ。

「……失礼。つい我を忘れてしまいました」

「いいよそんなの」

「いえ良くありません。俺の悪いクセなんです」

本当に全然いいのに、ノイは深く反省しているようだ。眉間に皺をよせて考え込んでいる。

「つか、ノイ。何でこんな人がいねえの? みんな何してるわけ?」

フィースがきょろきょろ辺りを見渡しながら首をひねる。俺もそれは思ってた。さっきまで人の気配があった気がするんだが。

「皆さんヤボ用で。色々と忙しいんですよ」

「ふーん」

フィースは何故かその一言で納得した。どうやらかなり単純な人のようだ。

「フィースのチームは何人いるの?」

「え? あー…35人」

「嘘!? そんなに!?」

クロエのチームは俺を入れたとしてもわずか6人だった。それのおよそ6倍だ。

「でも昨日またチームに入りたいって奴らが来て、面接したんだ。だからまた増えるかも」

「増えませんよ」

フィースの言葉をノイが冷静に一刀両断した。船長さんは一気にほうけた顔になる。

「…何で?」

「彼らは帰らせました。これ以上人が増える必要はありませんから」

「おいおい、何を勝手に…」

「船長」

ノイはその小さな体からは想像も出来ないような気迫を出して、フィースを睨みつけた。

「何度言えばわかるんですか。レジスタンスは連帯責任なんですよ。チームの1人が問題を起こせば、そこですべてがおじゃんになるんです。俺達のチームは敵も多いんですから、新しく入ってきた奴らが敵方のスパイで、俺達を陥れようとしている可能性は十分にあります」

「…そりゃわかってるけど、そんなことする奴らには見えなかったぜ」

フィースの言葉にノイは盛大にため息をつく。頭痛がするとでも言わんばかりに頭をおさえていた。

「船長、悪人は善人面してるものなんですよ。悪い奴らが悪そうな格好してたら苦労しないでしょう」

「でも…」

なおも食い下がろうとしないフィースにノイはついにキレた。

「まったく、お人好しもいい加減にして下さい! ほんと、誰でも彼でも無条件で信じて、そんなんだから恋人に振られるんですよ!」

「恋人!?」

最後のフレーズが気になった俺はすぐさまフィースを見るが、彼はすでに床に手をつきうなだれていた。

「お前何でそれ言うかなぁ…、人がせっかく忘れる努力してたってのに…」

「自業自得です」

まるでこの世の終わりのように絶望するフィース。それを見てノイは満足げだ。

「ふ、振られたの…?」

「ええ、つい昨日のことです」

遠慮がちに尋ねる俺にノイが答える。フィースはすっかり落ち込んで、あれだけあった男らしさが消えかかっていた。

「どうしてなんだ、サマー。いきなり別れるなんて…」

どうやら元カノの名前はサマーというらしい。フィースは彼女のことかなり好きだったようだ。俺にしてみたら彼女がいたってだけでうらやましい。こんな確実に1人は殺してそうな顔でも彼女が出来るのか。いや、強面は関係ない。要は中身だもんな。フィースはきっと底抜けにいい奴なんだろう。


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あきゅろす。
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