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先憂後楽ブルース
ああ、勘違い


「出来た!」

フィースが掲げるのは裏にも表にもびっしり線と名前が書かれた紙。ホントに作っちゃった、あみだくじ。

「見せて」

そう言って俺はフィース作あみだを受け取る。名前は紙につめつめで書かれていた。

「フィース、まさか本気でこんなもので婚約者決める気じゃ──」

そこまで言ってから紙の名前すべてに目を通していた俺は、とんでもないものを見つけてしまった。

「あの…ここにロドリゲスさんとかマイクさんとかが、いるんですが」

「それがどうした?」

「…男じゃん!」

「男だけど」

男だけど、何? みたいな反応を返されて、俺は放心状態だった。フィースは男もいけるクチだったのか。

「お、お得というかなんというか…」

オールマイティーに恋愛出来るフィースに驚きつつ、ため息をついた俺の前で彼がいきなり立ち上がった。

「リーヤ、“これ”も完成したことだし、1度甲板に戻ってみようぜ。もしかしたらみんな戻ってるかも…」

「だめだめだめ!」

“これ”を指先でつまんでピラピラさせているフィースの腰を、俺は思い切りつかんだ。

「甲板には行っちゃ駄目! ここにいて!」

「…なんでだ?」

俺の妙なお願いにフィースは当然ながら疑問を持った。でも俺はノイから頼まれたんだ。ここから彼を出すわけにはいかない。

「いいじゃん! ここで俺と2人で話してれば。甲板には行くことないって」

「でも──」

「俺はフィースと2人でいたいの!」

「……」

ああ、なんてこっぱずかしいセリフ。つき合いたての彼氏彼女じゃないんだから。さすがのフィースもこれには引く…

「リーヤ、お前そんなに俺のことを…!」

「うわあっ!」

引かれるどころが手をつかまれた。そうだ、確かフィースは自分のことを好いてくれる人が大好きなんだった。

「じゃあ、もうしばらく2人でここにいような」

「……うん」

嬉しそうな彼の満面の笑みを見て微妙に俺の良心が痛んだ。ごめんなさい、フィース。俺、ノイに頼まれたんです。

「じゃあ、さっそくこのあみだくじを…」

「え?」

紙の中央やや右よりの線にマルをつけるフィース。こりゃまずいぞ。

「ちょっと待ったあ!」

「…?」

俺はとやかく言われる前にフィースから紙をひったくった。あみだくじなんかで未来の嫁を決められてたまるか! しかもそれが俺の提案だなんて。一生罪の意識にさいなまれてしまう。

「フィース! 結婚相手なんて、そんな大事なこと本当にクジなんかで決める気か!? 絶対ダメだぞそんなの! ちゃんと自分の意志で決めなきゃ」

「………」

俺の怒りを含んだ声にフィースは黙り込んでしまった。しかしここでビシッと言っておかなけれは。

「だいたい恋人がたくさんいる時点でおかしいんだよ。1人で充分だろ! アラブの石油王じゃあるまいし」

「アラブ? って何」

「一夫多妻制の国のこと。そこでは1番目の奥さん2番目の奥さん、って1人の男が何人もの人と結婚してんの」

「へぇ、それいいな!」

「フィース!」

俺はもう我慢の限界だった。悪意がないなら何をしても許されるじゃない。誰でもいいなんて、恋人に失礼だ。

「フィースが嫌われたくないってのはわかるよ。過去のトラウマだもんな。でもだからといって誰とでも付き合うなんて、無責任にもほどがある」

「でも──」

「でもじゃない!」

ガツンと怒りをぶちまけた俺にフィースは目を点にしていた。ええい、もうここまできたら最後まで言い切ってしまうしかない。

「誰か1人を選ぶなら、みんなに好かれたいなんて無理なんだよ。もし誰も選ばないでこのままの状態を続けるってなら、そんなフィース、俺は嫌いだ!」

「き、嫌い…」

フィースの傷ついた顔に俺はかなり動揺したが、睨むことはやめなかった。こんな時にまでほだされてたまるか。

「あみだくじで奥さん選ぶなんてもっての他。そんなので選ばれたって嬉しくもなんともない。フィースが自分の意志で決めた1番じゃないと意味がないんだ」

俺はソファーの上にあぐらをかいて、すっかり放心状態のフィースを見た。俺の言葉はちゃんと彼の耳に届いていただろうか。

「わかったらもう、金輪際その浮ついた考えを捨てて──」

「嫌い…」

「………人の話、聞いてる?」

『嫌い』と言われたのがそこまでショックだったのだろうか。フィースは意識がどこかに飛んでいってしまったみたいだった。

「フィース、フィースってば!」

俺は自らの腰を持ち上げ彼の隣に座り、そのたくましい腕をゆすった。ちょっと言い過ぎたかな。トラウマ再発しなきゃいいけど。

「俺の声聞こえてる? 意識ある?」

「………」

ぼーっとしながら俺の方に顔を向けてくるフィース。嫌いって言葉、友達出来てから言われたことないんだろうか。

「おーいフィースってば。俺の言いたいこと、わかった?」

「……リーヤ」

「ん?」

無駄に目を輝かせて、フィースは優しく俺の二の腕に触れる。今までのしょげた彼とは明らかに違っていた。

「…俺、やっと今わかったよ。目が覚めたっつうのかな。リーヤのおかげで、今までの自分がいかに曖昧な気持ちだったかを痛感した」

「え、マジで?」

そんな簡単に更正出来るのかと驚いたが、フィースの目は真実を語っていた。

「ああ、俺は今まで流されてたんだ。周りの環境とかにさ。結局大事なのは自分の意志だもんな。リーヤがおしえてくれなかったら、俺はいつまでも自分を見失ってたかもしれない」

「フィース…」

意味もなく、ちょっと感動してる自分がいた。なんだかいいことした気分だ。フィースのことを見直さなければならない。彼はただ、バカみたいに真っ直ぐなだけだ。

「たまに俺も、何でこんなことしてんだろうって思うことはあったんだ。俺、1から気合い入れ直すよ。ありがとう、リーヤ…!」

「フィース!」

ひしと手と手を握りあう俺達。野郎2人で何してんだっていうキモい空気が漂っていたが、お互い気にはしなかった。

「俺、やっと目標が出来た! これからは今まで以上に頑張ってレジスタンスで1位をもぎ取ってみせる!」

「うんうんその意気その意…………え?」

レ、レジスタンス? 何の事だ。そんな話だったっけ。

「見ててくれリーヤ! 俺は特例委員会に入って、必ずやこの国を一夫多妻制にしてみせるぞ!」

「……ハァ!?」

何寝ぼけたこと言ってんだこのデカブツ。改心したんじゃないのか。

「今での俺は、親父が委員長だからとか、周りの期待に応えなきゃとか、自分以外のためにレジスタンスをやってたんだ。でも俺にもやっと、委員会に入ってやりたいことが見つかった! リーヤのおかげだ」

「…………」

も、もしかしてこの男…。

「一夫多妻制なんて、すげぇ制度じゃん。物知りなんだなリーヤは」

「…………え、そっち? やっぱ注目してたのそっち? 俺その後色々言ったんだけど、聞いてた?」

その時の俺の落胆といったら、人生のショックな出来事ランキング上位に食い込むほどだったが、フィースは親指をたてて何も問題はないとでもいう風に爽やかな笑みを見せていた。

「大丈夫大丈夫、リーヤの言いたいこともちゃーんとわかってるから」

「……」

俺は盛り上がるだけ盛り上がった自分の心を奥にしまい込み、期待の欠片もないような目でフィースを見た。

「安心しろリーヤ。要はトップ、1番じゃないと嫌ってことだろ? 大丈夫、結婚した暁にはリーヤを1番目の奥さんにするよ」

「あ"ぁん?」

おいおいおい、ちょっと待て。なんでそうなる。

「フィース、俺とお前の間でナチュラルに誤解が生まれてるみたいなんだが、いつ俺がお前と結婚したいと言ったんだ」

「だって、俺のこと好きって言った」

「言ったけどそれは──」

否定し終わる前に再び手をとられ、甲にキスされた。俺の体温が馬鹿みたいに上昇する。

「俺、リーヤを1番にするから、『嫌い』だなんて言うなよ」

泣きそうな声で懇願され戸惑う俺に微妙に涙目のフィースが迫ってきた。俺の体はそのまま流されフィースに押し倒された形になる。

「ちょっと、どいてフィース!」

「嫌だ」

無理やり押さえつけられてる訳でもないのに、なぜだか俺の体は動かなかった。心臓の音が外からも中からも聞こえる。最低な奴だとわかった今でもドキドキするなんて。つくづく自分が嫌になる。

「あ…」

俺の頬に手が添えられフィースの顔が近づいてきた。目つきの鋭い、猛々しい顔だ。でもときおり内面の優しさが見え隠れする。この時、俺は彼にすっかりやられていた。

「船長!」

後ちょっとで流されるという瞬間、船長室のドアが大きな音をたてて開き(というより外れ)何かが飛んできた。その何かはフィースの頭にヒットし彼の体は床に倒れる。

「何やってんですかこの馬鹿軟派男! いったい何人たらし込んだら気が済むんです!? もういい加減にして下さい!!」

怒鳴りながら、ずかずかと室内に入ってくるノイ。体は小さくても迫力満点だ。

「い、痛い…」

「自業自得でしょう」

フィースは頭をかかえて床にうずくまっている。ノイはそんなフィースを見下ろしながら、彼に当たった張本人である自分の靴を拾っていた。

「あなたもです、リーヤさん!」

いきなり矛先を向けられ俺の体はビクッとはねた。

「船長には必要以上に近づいちゃ駄目だって注意したのに! 油断してたらすぐ骨抜きにされますよ!」

「ご、ごめんなさい…」

怒られた。なんかショックだ。

「つーか何の用なんだよ。いきなり入ってきて」

頭に靴をぶつけられたフィースはノイに不機嫌な声でそう尋ねた。この部屋に入って初めてノイの顔に笑顔が生まれる。

「船長、今すぐ甲板に出てください。見せたいものがあります」


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