先憂後楽ブルース
下は9上は75
ソファーの後ろに隠れていたフィースはひょっこり顔を出し、ティーセットを持って戻った俺に声をかけてきた。
「ノイどうだった? 怒ってた?」
「いや、呆れてたよ」
ありのままの事実を伝えると、フィースはなんともいえない微妙な顔になる。
「まあ、怒らないだけマシだな」
頭が単純構造らしい彼は自分でそう解決し、カップに手をかけ一気に飲み干した。
「それにしても戻ってくんの遅かったな。リーヤが俺の代わりに怒られてんのかって思った」
「……ちょっと、ノイのあまりの可愛さについ立ち話を」
これも一応事実だ。フィースの澄んだ目を見てるとうまく嘘をつけなくなる。
「ああ、アイツ可愛いよな! なんか小動物みたいで!」
フィースは空になったカップを机に置き、再びソファーに体を沈めた。
「でもノイは、可愛いって言うと怒るんだよ。抱きしめても怒るし。きっと身長のこと気にしてるんだろうなぁ」
腕を組みしんみり顔で天井を見上げるフィース。彼のノイに対する考察は少し間違っているような気がする。
「だからノイには『小さい』と『可愛い』は禁句な? 俺がそう言ってたことも内緒」
フィースは人差し指を口にあて俺にお願いする。彼はノイのこと弟みたいに思っているようだ。
「……ノイ、早くフィースに結婚相手を決めて欲しいって言ってた」
俺が少し責めるようにフィースを見ると彼は難しい顔をしてうつむいてしまった。
「それなんだよなぁ…」
そうすると落ち着くのかフィースは体をゆらゆらと揺らしている。俺は女たらしで優柔不断な船長さんを何とかするため身を乗り出した。
「誰かいないの? この人だって思える人」
「う〜ん…、みんな同じくらい大好きだから……」
くそ、なんてうらやましい悩みなんだ。何かだんだん腹が立ってきたぞ。
「101人もいるんだから、みんな同じな訳ないじゃんか! そんなことでどうすんだよ」
もし性格も顔も、フィースが好みではなく誰でも受け入れてるんだとしたら、色んな人がいるはずだ。その中で一番好きな人を探すことがそんなに大変なことだろうか。
「ま、どうしても決まらないんだったら、最悪あみだくじでもしたら?」
ちょっと悔しくなった俺はフィースにそんな意地悪を言ってみる。けれどフィースは俺のヒガミ入りの皮肉を大真面目に受け取った。
「あみだくじ…そうか、その手があったな!」
「へ?」
俺が驚く間もなくフィースは立ち上がり、プレゼントの中を掻き分けながら部屋の奥に進む。戻ってきたときその手には紙と鉛筆が握られていた。
「何で思いつかなかったのかな、俺。あみだで決めりゃいいんだよな」
「え、ちょっとマジでやる気か?」
白い紙の上にいびつな線を引いていくフィース。こいつ本気だ。本気で結婚相手をあみだくじで決めるつもりだ。
そんなフィースを見て俺はあきれてモノも言えなくなった。フィースはよく言えば超単純、悪く言えば超無神経だ。
「リーヤ、俺の携帯とってくれ。あいうえお順で名前書くから」
「………」
色々と言いたいことはあったが、言い争うのも馬鹿らしくなった俺はフィースに大人しく従う。机に置かれた黒い携帯を手に取ったが、その携帯はまだ光っていた。
「これずっとピカピカしてんじゃん。壊れてるんじゃないか?」
悪いとは思いつつも異常を感じた俺はパカッと携帯をひらく。そこにはとんでもないものが表示されていた。
未読受信メール 152件
「多っ!! すげぇ何これ!」
読んでないメールを152件もためてる人を初めて見た。始終メール受信をしていたから、ずっと携帯が光っていたのか。
「フィース! メールが152通もきてるぞ。すごい!」
俺の興奮をおさえきれない言葉にフィースは顔をあげた。
「今日は誕生日だからな。いつもそんなに来る訳じゃねえよ」
「…いや誕生日だからって普通はこんなこねえだろ。芸能人じゃあるまいし」
「そうかぁ?」
まあ、よくよく考えてみれば恋人だけで101人いるのだから、友人も入れるとそれぐらいの数になるのだろう。フィースはどれだけ顔が広いんだ。
「ちなみに明日はクレアの誕生日なんだ。俺と1日違い」
「クレア?」
おそらくは恋人の1人だろう。そう考えてみるとフィースはちょっと大変だ。もし彼女全員の誕生日が違っていたとしたら、単純計算で3日に1度は恋人の誕生日を祝ってることになる。…恐ろしいな。
「っていうか、フィースは恋人全員の誕生日覚えてるの?」
「当たり前だろ!」
見くびるなとばかりに声をはるフィース。俺にしてみれば、それって結構すごいことだと思うが。
「101人全員の誕生日覚えてるなんて、フィース頭いいじゃん」
「あのなぁ…、いくら馬鹿でも好きな奴の誕生日くらい覚えるっての」
「う、〜ん…」
まったくの正論なのにフィースが言うと何かおかしい気がする。
「一昨日はマイコの誕生日で、5日後にケリーとタラ。それから一週間後にメグの……あ、ヤベェたりない」
線を引くスペースがなくなったフィースは、紙を裏返して再び線を引き始めた。あみだくじなのに。前言撤回、やっぱりフィースは馬鹿だ。
「そんなキチキチに書いたら横棒ひけなく……まぁいいけど」
俺はフィースの横のわかりやすい場所に携帯を置き、長椅子に浅く座り身を乗り出した。
「ってかさぁ…、本当に好きな奴いないの?」
線を引き初めてから5分弱。いまだあみだくじが完成していないフィースに俺は尋ねた。
「好きな奴? それならもちろんいるぞ」
顔をあげたフィースはいけしゃあしゃあとそんなことを言う。俺は深くため息をついた。
「そうじゃなくてさ、100人以上も相手がいるんだから好みの人とかいないのかって話。この子は他とは違うなーとか、同じ人間でもあるだろ」
俺の助言にフィースは腕を組んで考え始めた。
「そんなこと言われてもなぁ、みんなそれぞれいいとこあるし。──あ、でも1番可愛いのはルイーズかな」
「……じゃあそのルイーズって子にすりゃいいじゃん」
「ダメダメ! ルイーズ、まだ9歳だから」
ガタタタッ
「リーヤ!?」
俺はまた、こけた。その光景はなんとも無様だっただろう。
「大丈夫か!? リーヤ病院行った方がいいんじゃねえ? こつそしょうそうかも──」
「骨粗しょう症ね。骨には異常ないから平気…ってそうじゃなくって!」
素早く立ち上がった男はフィースの胸元をすがるようにつかんだ。
「9歳って何なんだよフィース! そんな小さい子にまで手ぇ出してんのか!? 犯罪だぞ!」
まさかロリコンだとは思わなかった。けれどフィースにすっかり幻滅した俺の言葉に、彼は口をとがらせ怒った顔を作る。意図的なのか、まったく恐くなかった。
「犯罪ってなぁ…。言っとくけど俺、そういうことは結婚相手としかしねぇ」
「そ、そういうことって…」
どういう事だこの野郎。怖いから訊かないけど。
「ちなみに、1番年上の方の年齢は…?」
恐る恐る尋ねた俺を真っ直ぐ見下ろしながら、フィースはふんぞり返った。
「75だ」
「ななじゅうごお!?」
マジかよマジかよ! …確か昭和初期の女性の寿命は平均して70代だった。それはもはやお付き合いではなく介護じゃないのだろうか。
「な、なんちゅうストライクゾーンの広さ…」
無自覚天然フェロモン男、フィース・V・グッド。彼は世界で1番非常識で、世界で1番許容範囲の広い男だった。
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