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先憂後楽ブルース
史上最低最悪の男


「え、てかホントに101人? 何で? 何でそんな風になっちゃったの」

「何で……? 何でって言われても、こう自然に」

昔からの幼なじみのように問い詰める俺に、首を傾けるフィース。女は、本当にサマーだけじゃなかった。

「自然に101人も恋人が出来るか!? 浮気は最低だぞ」

「浮気なんてしてねぇよ」

こいつ、どの口開けてそんなことを。もうプレイボーイなんて次元じゃないはずなのに。

「ていうか、そんな候補がいるなら何で結婚相手で悩んでたんだよ」

俺が腰に手を当てて問い詰めるとフィースは再び頭を抱えだした。

「誰と結婚すればいいか、全然わかんねぇんだ。みんな同じくらい大好きだし…」

「………」

つまり、サマーに振られたことと結婚の悩みは別物だったってわけか。なんだか彼女がフィースを振ったことが賢明に思えてくる。

俺がすっかり意気消沈していた時、船長室のドアがノックされた。外から呼び声が聞こえる。

「船長! お茶を持ってきました。両手がふさがっているのでドアを開けてもらえませんか?」

ノイだ。俺がフィースに目配せすると、彼は難しい顔をして部屋の奥まで下がっていった。

「リーヤ、悪いが俺の代わりにお茶もらってきてくれないか」

「いいけど…どうして?」

「俺が出てったらドア壊したことがバレて、ノイに怒られるだろ。もう怒鳴られるのは嫌なんだ」

そういって部屋の隅の方で縮こまるフィース。俺はわかったと頷いて彼の代わりにドアを開けた。


「……何してるんですか」

「いや、ちょっと」

壊れたことをごまかすため俺は体全体を使ってドアを支えていた。あまりに不自然なその動作に、ノイはすぐにすべてを察した。

「ドア壊したんですね」

「……はい」

観念して認める俺に、またかと呆れ顔のノイ。俺はそのドアというより木の板になってしまったものを壁に立てかけ、ノイに詰め寄った。

「俺、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「何ですか?」

俺は部屋の奥にいるフィースに聞こえないよう声を落とした。

「フィースに101人も恋人がいるって、本当?」

俺の叫びともいえる質問を聞いたとたん、フィースの表情が途端にげんなりした。

「……本当ですよ。昨日まで102人でしたが」

「し、信じらんねえ」

唖然、というよりはショックが大きかった。101人もの女性全員とどうやったら付き合っていけるんだ。

「船長、人を引きつける妙なフェロモン持ってるみたいで。おまけに性格も悪くないもんだから、嘘みたいに人が寄ってくるんですよ。まるで砂鉄の真ん中にある磁石みたいに」

そう説明してくれたノイの顔には疲れが見える。彼はフィースと近いから今まで苦労してきたんだろうか。

「モテるんだ…フィース」

「モテるなんて可愛いものじゃありません。いうなれば悪徳宗教の教祖みたいなものです」

俺はノイの言葉の意味がよくわからなかった。フィースが悪徳? それは絶対に違う気がする。いやそれとももう、そう思うこと自体が──

「つか俺、フィース見てると胸がドキドキするんですけど」

正直に告白すると、ノイはなんてことだ! とでもいわんばかりに目をむいた。

「だから気をつけろって忠告したのに! あの人を好きになったって不毛なだけですよ」

「それはよくわかってるけど。え、俺ってもうヤバいのかなぁ」

すでにフィースの術中にはまっているのではないかと不安になる。けれどノイはあきらめたような顔で首をゆっくり振った。

「いえ、あまり気にしないで下さい。それが普通ですから。あの馬鹿に関わるとみんな馬鹿になるんです」

「………」

たぶんノイはこんなこと、もう慣れっこになってしまっているんだろう。男に興味のない俺ですらほだされてしまったんだ。女の子達がそんなフィースを見てどう思うか。

「何でなのかな…。フィース、悪い人には見えないのに」

結婚相手を決められないということは、フィースには本命がいないということだ。こうなると浮気の意味合いが違ってくる。なぜだか軽く失恋した気分になった。

「実は、船長が軟派な男になったのは訳があるんです」

「──訳?」

ぜひ聞かせてくれと身を乗り出す俺を見て、険しい表情のノイが重そうな口を開いた。

「船長、今でこそああですけど、昔はあの強面の容姿のせいで周りに恐がられていたんです。ジーンさんに出会うまで友達もいなくて」

それはフィース本人から聞いていたことだ。その時の彼の目はとても悲しそうだった。

「だから今でも船長は人に嫌われることをとても恐れてるんです。反対に、自分のことを好きになってくれた人が大好きで。だから求められると誰でも受け入れ、断ろうとしない」

「…誰でも?」

「誰でも」

ああ、つまるところフィースは、あの無自覚な色気と性格の良さで人を惹きつけ、そのすべてを容認してしまう訳だ。なかなか出来ることじゃないぞ。

「最近ではそれを知りながら付き合いを申し込む人までいて、もうてんてこまいなんですよ!」

てんてこまい、なんて可愛い言葉が可愛いノイから聞こえ、俺は同情しきりだった。つまりフィースの恋人になるには、浮気されることを覚悟しなければならないということか。

「ですから俺としては、船長には一刻も早く特定の相手と婚約してもらいたいんです。あの馬鹿も今日で……あ、そうだ」

話の途中で突然、ノイは何かを思い出したかのようにポンと手をたたいた。

「実は今日、船長の誕生日なんですけど…」

俺は知ってるという意味を込めて頷く。ノイは話を続けた。

「折り入って、リーヤさんにお願いがあるんです」

「お願い?」

誕生日関係で俺に出来ることって何だろ。変なことじゃないといいけど。

「今日、俺達チーム全員でサプライズパーティーをやろうと思ってるんです。サプライズですから、もちろん船長には内緒で」

「へぇ…いいじゃん!」

こっそり誕生日パーティーをお膳立てなんて、聞いてるだけでわくわくする。ノイが企画したんだろうか。だとしたら意外だ。

「ても船長の帰りがあまりに早くて。まだ準備がととのってないんです」

で、とノイは俺に強い眼差しを投げかけてくる。身長の関係で上目遣いになるノイは可愛さひとしおだった。

「だからリーヤさんには、セットが完成するまで船長を甲板に近づけないで欲しいんです。頼めますか?」

「もちろん!」

断る理由なんてない。俺は迷うことなく引き受けた。

「ありがとうございます。今日のパーティーはとびっきり盛大なものになりますよ」

なんたって船長の18の誕生日ですから、とノイは穏やかに微笑む。俺は船内や甲板に人がいない理由がやっとわかった。

「準備ができ次第呼びに来ますので、ここで待っててください」

そういって盆に乗ったティーセットを俺に渡し、小さく頭を下げ俺に背を向けたノイだが、数歩進んだところで振り返り俺を見て口を開いた。

「船長と話すときは、あまり目を見ない方がいいです。あと過度なスキンシップも避けてくださいね」

「わ、わかった」

どちらもとうに経験してしまったことだが、今さら何をいっても仕方ない。俺は早足で去るノイの後ろ姿を見ながら、ちゃんと人の話を聞かないと駄目だなと深く反省した。


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あきゅろす。
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