先憂後楽ブルース
ハッピーバースデイ
「あーもう湿っぽい話はやめやめ!」
フィースは雑念を取り払うかのように首を思い切り振った。その仕草はまるで大型犬みたいだ。
「リーヤに操舵室を見せたいんだ。舵とりから鍵をもらわなきゃならない。チュニはどこだ?」
「彼女なら、上甲板に」
ノイが言い終わると同時にフィースは待ってろ、と俺に言い残し風のように去ってしまった。必然的に俺はノイと2人きりになる。
「すいませんリーヤさん。おおかた船長が無理矢理連れてきたんでしょう?」
「いや、そんなことは」
「でも、怖かったんじゃないですか」
「それは…まあ」
初めてフィースを見たときは、どこのマフィアのボスか殺人鬼かと恐れおののいたものだ。目つきは鋭いし筋肉ムキムキだし顔に傷はあるしで、正直あんないい人だとは思わなかった。
「リーヤさん、気をつけて下さいよ。あなたに何かあったらシャレになりません」
「大丈夫だって」
ノイは何を心配してるんだろう。フィースが俺を、というより誰かを傷つけるなんてこと有り得ないと思うんだが。
「俺は、フィースって魅力的だと思うよ。優しいし良い人だし、男らしいし」
女性が絡むと途端に駄目男になりそうな感じだったが、今まで見る限りではそれ以外に欠点らしい欠点がない。それに何より常識人だ。俺にとって、これ以上喜ばしいことはない。
「リーヤさん、あなた…」
ノイが俺の顔をまじまじと見つめてきた。可愛らしい目が俺を探るように動く。
「まさかあなたも、船長のことが好きだとか言い出すんじゃないでしょうね」
「え? 好きだけど」
恥じらいもなく即答した俺にノイは首を振った。
「そういう意味じゃありません。ライクではなくラブの方です」
「ラブ!? ないないないない! だって俺、男だし」
いくらこの時代では男同士の恋愛が普通とはいえ、そんな簡単に恋に落ちてたまるか。しかも『あなたも』って。もしかしてノイは、フィースのことがラブの意味で好きなのだろうか。
「それは良かった。安心しました」
心の底からほっとしているような顔をしているノイ。そんな彼の顔を見たら立ち入ったことを訊く気にはなれなくて、俺は口をつぐんだ。
「鍵かりてきたぞー!」
ドタドタと激しい音をたてながらフィースが帰ってきた。手に持ったちょっと大きめの鍵がチャラチャラ音をたてている。
「リーヤ、これから船の中を案内する。ノイも一緒にどうだ?」
「いや、俺はやることがありますから」
フィースの誘いを無表情で蹴り、俺達に一礼してノイはあっという間に去っていった。
フィースの船は、見た目の通り中も広かった。レッドタワーと同じく派手な装飾は一切なし。シンプルイズベストだ。あくまで予想だが、これはフィースではなくノイの趣味な気がする。
「リーヤ、ここが操舵室だ!」
見て見て! と子供のように自分の船の中を見せてくれるフィースを見て、俺は何だか微笑ましくなった。操舵室はフィースが自慢したくなる気持ちもわかるほど、機能性のある広い場所だ。正面にある大きな窓からは前方がよく見え、まわりには何やらハイテクそうな機械がある。にもかかわらず真ん中にでんと置かれた舵だけは、アンティークなデザインになっていた。これだけが唯一、昔ながらの海賊船という雰囲気を感じたが、まわりと一緒に見るとあきらかに浮いている。
スイッチやレバーなどの数も膨大で、船なのにまるでデカいコックピットみたいだった。舵のすぐ横にある紅梅色のスイッチが気になる。押したらどうなるんだろう。
「リーヤ、舵の近くにある赤いボタンは何があっても押すなよ」
「…おおっと」
ヤバかった。もう少しで手で触るところだった。ドジを踏まないよう手は後ろで組んでおこう。
態度にはあまり出さなかったが俺はここにきて柄にもなく興奮していた。中からじわじわとくる高揚感。どうやって表現すればいいかわからない。アナログな俺には現実味がなくて、こんなデカい船が浮くことがにわかには信じられなかった。
「空飛ぶ船、なんてまるでおとぎ話だよな」
俺が室内を歩き回りながら呟くと、フィースがにやりと笑った。
「今度乗せて飛ばしてやるよ。最高の遊覧船だ。きっと今まで見たどの景色にも負けねえぞ」
「本当に!? やった!」
俺は思わずガッツポーズ。宙に浮く船からだったら、きっとさぞや素晴らしい景色に違いない。フィース・V・グッド、なんていい奴なんだ。
「約束だぞ、フィース! 取り消しなしだからな!」
「ああ、約束だ」
そう言いながらフィースが拳を突き出してきたが、俺は彼が何をしようとしてるのかわからなかった。5秒ほど考え、合点がいった俺は自分も拳を作り、フィースのゴツゴツした男らしい握り拳にぶつけた。フィースがその後すぐ愛嬌のある笑顔を見せたので多分あってたんだと思う。青春ドラマみたいだ。これが男同士の約束の仕方なのだろうか。
「それにしても…何でみんないねぇのかなあ」
壁にしなだれかかったフィースは、がっかり半分悲しみ半分といった口調でうつむいた。みんなというのはフィースのチームメートのことだ。それは俺も気になっていた。船内に入ってから人の気配をまるで感じない。いや、違う。正しくは、感じるけど誰とも会わない、だ。まるでかくれんぼでもしてるような意図的な感じがした。
「フィース、あの部屋なに?」
俺は操舵室から見える古い木の扉の部屋を指差し尋ねた。ここに入る前から気になっていたのだ。あの部屋の扉だけ他と違う。まるでこの操舵室の舵みたいに。
「ああ、あれは船長室。つまり俺の部屋だ」
「へぇ…」
なるほど、だからあそこだけデザインが違うんだな。あの年代物な雰囲気はフィースの趣味ってわけだ。
「俺の部屋も見る? 片付いてねえけど」
「いいの? 見たい!」
船長室、ってどんな部屋なのか興味がある。俺の予想としては、壁に大きな海図が張ってあって銃や剣などが飾ってあるところだ。
俺は船長さんにつれられ操舵室を後にして、フィースの部屋の前まで来た。木で出来たドアには帆と同じ凶暴そうなサメの絵が彫られている。ここのシンボルマークなんだろうか。
「ちょっとごちゃごちゃしてるけど、我慢してくれ」
そう言いながらドアノブに手をかけ、フィースは力強くドアを開けた。
「あっ」
力が入りすぎたのか、途端にバキッという音をたてて外れるドア。フィースはそれが倒れる前につかみ、渋い顔をしてそれを壁に立てかけた。
「しまったー…また壊しちまった…。どうしよう、ノイに殺される」
どうやらフィースにはドアを壊すことなんて日常茶飯事らしい。ゴリラ並みの腕力の持ち主だ。
「リーヤ、遠慮なく入ってくれ。自分の家だと思っていいから」
「し、失礼します」
こんなところ、とても自分の家だとは思えない。ドキドキしながら入ったその部屋は、俺を驚かせた。
フィースの部屋は、確かにごちゃごちゃしていた。けれどそれはゴミなどが散乱していた訳じゃない。船長室の中は、たくさんのプレゼントのような箱と花束で埋め尽くされていたのだ。
「…すっごい。なにこれ」
開店記念じゃあるまいし、何でこんなにたくさんの贈り物があるのかわからない。大量のプレゼントらしきもので部屋の内装はほとんどわからなかった。
「みんなが贈ってくれたんだよ。俺、今日誕生日だから」
「嘘!? 本当に?」
これまたびっくりさせられてしまった。どうしよう、当たり前だが何もあげるものがない。今さっき会ったばかりの人に誕生日プレゼントをわたすのも変な話だが、フィースは贈り物をしたくなるほど良い奴だし、こんなたくさんのプレゼントを見ると俺もあげなくてはならない気がする。
「誕生日おめでとう、フィース。何かあげられるものがあったら良かったんだけど…」
「そんなのいいから!『おめでとう』って言葉だけで充分だ」
ありがとな、と俺に笑いかけるフィース。彼は笑顔になると、なぜか怖い要素の欠片もなくなってしまう。
「それにしても、こんなたくさんのプレゼントがくるなんて、フィースはみんなに好かれてるんだな」
俺だって誕生日にプレゼントをくれるのは、親か仲のいい一握りの友人だけだ。来年は弟が贈り物をしてくれると信じている。
「いや、違う違う。知らない人からも贈られてくるんだよ。俺が親父の息子だから」
親父の息子? そういやフィースの父親は特例委員会の委員長だって、ダヴィットが言ってたっけ。
「それでも俺はうらやましいけどな。でも何でこの船にあるんだ?」
プレゼントなら、普通は自宅に届けられるものじゃないのだろうか。
「これはみんな朝一に届いたんだ。けど全部開けるのに時間がかかってな。ここでめっちゃ待たされると踏んでたから、時間があるときに出来るだけ自分で開けようと思って一部だけ持ってきたんだよ」
「へぇ…」
これ、一部なのか。家にはいったいどれだけの量があるのか想像もつかない。
「そうだリーヤ、飲み物を持ってきてもらおう。喉乾いただろ」
俺が礼を言う前にフィースは携帯電話をどこかから取り出し、電話をかけた。
「…あれ、でねえな。なんでだ」
フィースは何度も何度もかけなおすが、電話にでてくれなかったらしい。しきりに首をかしげていた。
「チームメートが誰も電話に出ねぇ、みんな留守だ」
「…それって、なんかあったんじゃないのか?」
なんだか怖くなってきた。神隠しみたいに人が消えてしまったのかもしれない。
「平気平気、アイツら強いから」
飲み物はノイに持ってこさせよう、といって超楽観的なフィースは携帯のボタンをポチポチ押しだした。メールを打っているのだろうか。何にせよ、指がデカいため非常にやりにくそうだった。
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