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先憂後楽ブルース
敵はクラスメート


「…何、これ」

俺がその机に置かれた写真を穴があくほど凝視しながら尋ねると、金色の目をとがらせたクロエがふんと鼻を鳴らした。

「そいつが今回の事件の元凶、ハリエット・フラムだ。まったく、いけすかねえ女」

「いや、俺がきいてるのはそんなことじゃなくって…」

ああ? と顔をしかめたクロエの前で、俺はその写真を指差した。

「これ、どう見てもクラスの集合写真にしか見えないんだけど。写真間違ってない?」

俺の前に置かれた写真には、のどかな風景をバックに1クラス分ほどの人数の学生達が、綺麗に並んでいるところが写っていた。1番前の列の子は体育座り、2列目の子は中腰、まさに校外学習の思い出に撮る集合写真だった。

「いや間違ってねえよ」

「え? だってこれクロエの学校のクラス写真じゃん。2人とも写ってるし」

後ろの列のはじっこに不機嫌そうな顔をしたクロエと、彼には不釣り合いなくらいノリノリのイルの姿があった。この2人は同じクラスだったようだ。

「ちゃんと見ろよリーヤ、ここにのはじっこにハリエットも写ってんだろ!」

クロエは写真のある一点を指差し、俺に再び突きつける。よくよく目をこらすと、クロエの指は1人の女の子を指していた。

「ってなに、そのフラムさんってクロエ達のクラスメートなの?」

「ああ」

クロエは、そんなの常識だろ、とでも言うかのようにふんぞり返ったが、俺にはそうすんなりと納得出来るようなことじゃなかった。

「つうことは、まだ高校生だろ? 何でレジスタンス廃止の案なんて出せるんだよ!」

頭が混乱してパンクしそうな俺の横に、相変わらずの笑みを浮かべるジーンが座った。

「ここでは軍事関係以外、何でも世襲制だからね。王を継ぐのは王の息子であるように、王の補佐をする一族も決まっているんだ」

俺がジーンの説明を理解することは出来なかった。ジーンは話を続けた。

「ハリエット・フラムは現国王陛下の補佐官、ダーリン・ゾルゲのいとこなんだよ」

「嘘! ダーリンさんのいとこ!?」

素性を知った俺は、写真に写るハリエット・フラムの顔を見ようと躍起になった。

「クソっ、小さすぎてよく見えねえ…!」

ダーリンさんのいとこなら、きっと美人に違いない! 一瞬、切実に虫眼鏡が欲しくなったが、すぐにそれどころではないと気づいた。

「でもさあ、いくらそういう家系だからって高校1年生の女の子を政治に引っ張りだすか? 聞いたことないよそんなの」

俺の疑問に、ジーンは柔和な笑みと穏やかな雰囲気をまといながら答えた。

「今回のことは異例だけど、今までになかったわけじゃない。若いうちからの経験が必要なんだよ。彼女は今、ダヴィット殿下の特別補佐の任についてる。だから殿下なら、その気になれば今回のこと簡単に止められるはずだけど」

確かに、ジーンの言うとおりだった。王子であるダヴィットなら、ほやほやの新米部下の案などたやすく握りつぶせるだろう。それをしない理由はただ1つ、ダヴィットは反対する気がないんだ。

「でも、いくらダヴィットが賛成だったとしても、他の人達が認めないだろ。そんな女子高生が考えた草案なんて」

「誰が発案者かなんて関係ないよ。その案が国にとって、いいものだったならね」

「………」

ジーンの言うことには妙な説得力がある。もしかしたら俺のジーンの言うことなら何でもきいてしまう性分のせいで、そう感じるのかもしれないが。

「いや…っていうかさ、同級生が発端なら、クロエ達が直接フラムさんに頼めばいいじゃん」

「んなこと出来るかアホ! アイツが俺の言うこと聞くわけないだろ」

俺は、何事も言ってみなければわからない、と言おうとしたがクロエにそれは無意味だと気づいた。クロエの性格上、ハリエット・フラムと彼が仲良しな訳はなく、むしろ仲が悪いと考えるのが自然だ。

「だったらイルは? 友達じゃないの?」

難しい顔をしたイルは、俺の質問に肩をすくめた。

「残念ながら、話したこともないわ。あの手の委員長タイプは苦手なのよ」

フラムの顔でも思い出したのか、イルは不機嫌そうに顔をしかめる。その様子を見て横にいたシズニが、あたられてはかなわないと数十センチほどイルから離れた。

「つーかアイツ、1回俺にテストの点で負けたこと、いまだに根に持ってんだよ! 今回のことはそれのあてつけに違いねぇ!」

「そ、それは違うんじゃないかなあ…」

ハリエット・フラムに常識があるのなら、そんな個人的な恨みでこんな大掛かりなことしないだろう。ただこの世界、どうも常識が通じない人ばっかりだが。

「わかったよクロエ、俺が話してみる…」

うなだれて顔をふせた俺は、ハリエット・フラムが写った写真を盗み見る。ダーリンさんのいとこなら一度会ってみたい気持ちはあるが、ダヴィットに頼み事をする気にはあまりなれなかった。でもジーンらのお願いを、無碍にすることは出来ない。

「俺、今からレッドタワーに行くよ。外でダーリンさんが待ってる。うまくいくかはわからないけど、結果はちゃんと伝えに来るから」

任せとけ、とばかりにドアに向かおうと立ち上がる俺の手を、クロエがつかんだ。

「大丈夫だって、ダヴィットにはちゃんと言うからさ」

「そうじゃねえ」

クロエは俺から少し視線をそらしつつ、重そうな口を開いた。彼のいつもとは違う雰囲気に、俺の顔はしぜんと微妙な表情になる。

「もうすぐ、地上で“なつやさい”があるんだ。それ、一緒に来い」

「夏野菜?」

クロエの言葉の意味は俺にはわからなかった。だいたい夏野菜がある、というのは文法的におかしくないだろうか。
そうやって必死に頭を働かせて考えていた俺に、ジーンがひかえめな声で口をはさんだ。

「リーヤ、一応言っとくけどお野菜のことじゃないからね。夏の夜の祭り、で夏夜祭だから」

「夏の夜の、祭…?。略して夏夜祭?」

ずいぶんとややこしい名前のお祭りだ。完璧に誤解していた。でも意味がわかるとなんだか楽しそう。

「え、夏夜祭に誘うってことは、もしかしてクロエさんって──」

「アンタは黙ってなさい」

なぜかイルは、ぎゅむっと弟を足で踏んだ。余計なことは言うんじゃないとばかりに。そんな2人の様子を訝っていた俺にジーンは笑顔を見せた。

「行ってきたらいいよリーヤ。きっと楽しいから」

「行ってきたらって…ジーンはいかないの?」

「宿題で、提出しなきゃならないレポートがあるんだよ。残念だけど今年は行けそうもないや」

だから僕抜きで言っておいで、と微笑むジーン。俺としては無理やりにでも誘いたかったが、なぜかこんな時にまで彼の言葉には逆らえない。

「イルとゼゼは行くよな。お祭りとか好きそうだし」

「あたしは、別の人と行くもん」

予想外のイルの言葉に、俺は無遠慮にも突っ込んでみたくなった。

「別の人って…もしかして彼氏?」

「の1人っスよ」

イルの代わりに答えたシズニは、イルの蹴りによって飛ばされた。俺の身は恐怖で凍った。

「なんでもないのよ、リーヤ」

「………」

笑顔でそう言うイルに何も言えない俺。弟を蹴る一瞬の間だけ、イルは確かに男だった。

「えー…、だったらゼゼは?」

まさかゼゼにも恋人がいるのかと懸念したが、その必要はなかった。

「その夜はお仕事なので、いけません。残念デース」

「そっか…」

だったら、と部屋の隅の方で自ら、出来るだけ存在感をなくそうとしていた男を見た。

「エクトルはもちろん行くよな! お祭り!」

「バカ言うなよ。あんな人が多いとこ、誰が行くか」

エクトルにぴしゃりと一蹴されるも、俺はあきらめなかった。

「行けばきっと楽しいって! お祭りなんだからそういう風に出来てんだよ」

「あんなうるさい所に行く奴の気が知れない。だいたい、あの祭は──」

「黙れ」

エクトルのがなり声は、クロエのうんざりしたような声で止められた。大股で、言い争う俺達の元に来る。

「リーヤ、行かねえつってる奴を無理に誘うな」

「で、でも…」

「兄ちゃんの言うとおり」

エクトルはそう言って俺の誘いをあっさり断り、これ以上しつこくされては迷惑だと言わんばかりに俺から離れ、ソファーに座った。引きこもりの心を溶かすのはそう簡単ではないようだ。

「わかったよエクトル。もう言わない」

何とかエクトルを外に連れ出したかったが、あまりうるさく言うとかえって逆効果だ。俺にもそれぐらいわかっていた。

「それじゃあ2人で行こっか、クロエ」

「……ああ」

クロエはうつむいて、自分の男にしては少し長い髪をかきむしっていた。反対の手の親指をポケットに突っ込み、テーブルにもたれかかった。そしておもむろに口を開き、

「あと、それから──」














「……なぜ、その男がここにいるんですか」

無表情ながらも、声には不機嫌さをにじませてダーリンさんがいった。

「すみません。どうしても、ついていくってきかなくて」

ダーリンさんは、ちらりとふんぞり返るクロエに視線を送り、それから謝る俺を恨めしそうに見た。

「クロエも、タワーに連れて行っていいですか…?」

「駄目です」

遠慮がちに頼んでみるものの、ダーリンさんは頑として首を縦に振らなかった。

「だってさクロエ」

「『だってさ』じゃねえよボケ。あっさり諦めすぎだろ。お前、あの女に弱味でも握られてんのか?」

だったらお前が頼めよ、という言葉を飲み込んで、ある意味ではダーリンさんに弱みを握られている俺は、クロエの威圧感に負けて再度ダーリンさんに頼み込んだ。

「お願いします、ダーリンさん! どうかクロエも一緒に…」

「いけませんリーヤ様。こういう言い方は好みませんが、殿下はダラー・ジュニアのことを、あまり好いては…」

「それはわかってます!」

あまりどころか、全然好いてないことなど百も承知だ。俺だって本当は嫌だ。でもクロエに反抗すると、後が怖い。

「クロエを連れて行かないなら、俺、列車には乗りません! ここで干からびます!」

「ま、またですか…!」

ダーリンさんは今度こそ絶対に眉をひそめ、あからさまに嫌だという表情を作った。けれど数分の口論の後、結局ダーリンさんが折れ、クロエと共にタワーに向かうことになった。


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