先憂後楽ブルース
お姉様と呼べ!
「みんなお待たせデース!」
待ち望んだ新聞をぐるぐる振り回しながら、ゼゼがにこやかに戻ってきた。そして彼女の隣にはなぜか人がいて、ゼゼに手を引かれている。
「ゼゼ、それ誰!?」
「新聞配達人デース」
「はい!?」
何でそんな人連れてきちゃったかは知らないが、あきらかに職務妨害だ。けれど俺の心配をよそに、新聞配達の男は帽子をはずして俺達に笑顔を見せた。
「久しぶりっス、みなさん」
…ひ、久しぶり? 何だこの人、ジーン達の知り合いなのか?
「久しぶりーシズニ! 調子はどう?」
「おかげさまで、すっかりよくなったっス」
シズニと呼ばれた男はジーンに深く頭を下げ、敬語の正しい使い方を知らない人みたいな答えを返した。当然俺とは初対面だろうが、なぜか彼の顔に見覚えがある。男にしては長い赤い髪を後ろでてきとうに束ね、髪と同じくらい赤い目はしきりにきょろきょろと動いていた。ん…? ちょっと待てよ、もしかしてこの人…。
「…あのさ、君ってもしかして、イルの弟?」
「え? そうっすけど…。あなたは?」
「やっぱり! どうりでそっくりだと思った!」
前に来たときイルは入院している弟がいると言っていた。たしか名前はシズニ。2人は見れば見るほど似ている。違いは化粧してるかしてないか。男に見えるか見えないか、それだけ。
「あ! あなたもしかして、あのアウトサイダーっすか?」
「え、俺のこと知ってるの?」
「もちろんっすよ! 新聞に顔が出てました!」
ま、マジか…。その新聞一部くれないかな、記念に。
「アウトサイダーに会えるなんて感激っす! あに…姉貴から話は聞いてたんスけど、会えないと思ってましたから!」
弟は姉の様子をチラチラとうかがいながら、しきりに感動してくれていた。俺なんかに会えたぐらいで喜んでもらえるなら来た甲斐があったってもんだが、俺もだんだんとイルの機嫌が悪くなっていくのが気が気じゃなかった。
「俺、シズニっていいます! イルカ・カマリーの弟っス! あの、握手してもらっても…?」
「あ、うん全然」
控えめに差し出された手をぎゅっと握る。握手なら何度もしたことがあるが、こんなに感動されたのは初めてだ。なんか照れくさい。
「ありがとうございます! もう一生手ェ洗わないっす…!」
「そんなたいそうな…」
「で、あの本当に図々しいんスけど、記念に一枚、いいっすか?」
そう言いながらポケットから真っ黒な携帯を取り出すシズニ。芸能人になった気分だ。
「俺の写真なんか撮っても、意味ないと思うけどなあ」
「そんなことないっすよ! ぜひお願いします!」
「そこまで言うなら…ちょっと恥ずかしいけど」
1人で携帯カメラに撮られるなんて、たぶん初めてだ。どうしたらいいのかわからなくて、とりあえずセオリーにピースしてみた。ところがその瞬間、携帯をかまえる弟の頭をイルが豪快に蹴り上げた。
「なーに調子のってんだテメェ!」
「イル!?」
ろくな防御も出来ずふっとぶシズニ。イルはそんな弟の胸ぐらを、驚く俺の前でつかみあげ揺さぶっていた。
「ちょっとイル何いきなり蹴ってんの!? そんな怒ることじゃないだろ?」
慌てて止めに入る俺をイルはきっと睨みつけた。
「リーヤ、コイツはリーヤの写真が純粋に欲しいんじゃなくて、ネットで販売するつもりなんだよ!」
「えぇえ??」
すっかり男に戻ったイルの言葉に驚愕。俺の写真をネット販売…? 絶対売れないだろ。
「それは違うんじゃないか…? 誰が買うんだよ、んなマニアックな写真」
「世の中には色んな人間がいんの!」
何気にひどいことを言い放ったイルを見て、フォローのつもりなのがジーンが俺の肩に手をのせ言葉をかけてくれた。
「ほらアレだよ、リーヤだって宇宙人の写真とかあったら、欲しいだろう?」
「そ、そりゃ興味はあるけど…え何、俺って宇宙人扱いなの?」
異世界から来たんだから宇宙人で正解なんだろうか。なんにせよこの世界のアウトサイダーは好奇の的らしい。解剖とかされなくて本当に良かった。
「リーヤ、騙されちゃダメよ! コイツの頭には金のことしかないんだから!」
そういうイルはシズニの頭をつかみ容赦なく揺さぶっている。とても女の子がするようなことには見えない。イルの見た目の方が詐欺だ。
「なんだよ兄貴! 俺の邪魔ばっか…ぐふっ」
みぞおちを思い切り蹴り上げるイル。悪寒が走った。
「お姉様、だろ?」
イルはにっこり笑いながら、痛みに顔を歪ませる弟に問いかけた。
「す、すみませんお姉様…」
「わかればいいんだよ」
やっとイルが手を放し、ずるずると床に座り込むシズニ。弟を持つ身としてはかわいそうで仕方がない。
「イル、弟さん新聞配達中なんだよな? こんなとこで油売らせていいのか?」
「…あ、それは平気っすよ。朝刊はもう配り終えましたから。ここが最後っス」
俺の助け舟(のつもり)はシズニの手でつぶされた。彼は慣れているのかイルの蹴りをまともにくらいながらも、何事もなかったかのように立ち上がる。
「で、結局どうだったのシズニ」
ジーンがシズニの蹴られた腹をさすりながら彼に尋ねた。けれどシズニは微妙な顔つきで首を振る。
「それが全然ダメなんすよ。レジスタンス廃止のレの字も出てきません。タワーの給仕達にも聞いてみたんスけど…無駄骨でした」
「…そっか、シズニの耳にも入らないんじゃ、タワーの人達はかなり念入りに隠してるんだね」
うーん、と眉間に皺を寄せて考えこむジーン達。どうやらみんな新聞ではなくシズニのことを待っていたようだ。
「ってか、シズニって何者…?」
俺がいぶかしげに尋ねると、シズニはイルそっくりの赤い目を丸くさせながら笑った。
「ただのバイトっすよ。俺色んなとこで働いてるで、たまにめぼしい情報が入ってくるんス。タワーの厨房皿洗いの仕事とか特に」
「ええ、そんなことしてんの!? 学校は…?」
「あんま行ってませんよ。俺まだ中3なんで、行かなくても留年にはならないっすから」
けらけら笑いながら言うことでもないだろうに、シズニはのんきだ。シズニの顔はイルにそっくりだけど、イルより目がとがっていてずる賢そうだった。なんかこう、世渡りがうまそうな。
「なんなら俺が週刊誌にでも、たれこみましょうか?」
「それはちょっと…」
ジーンが難しい顔を作ってシズニの提案を拒否した。ダヴィットに見逃してもらったエクトルを使って得た情報だ、無理もない。
「ジーンさんがそう言うなら黙っときますけど、かなりの情報料になるっすよ? 全員で山分けしてもすっげぇ…」
「だからいらねえっつってんだろうが! 聞こえねーのかクソ野郎!」
「イルちゃん! 耳ひっぱっちゃだめデスよー」
ギャーギャー騒ぎ立てるイルと弟、そしてそれを止めようとするゼゼを見て、なんだかんだで平和だなあと思った。
「俺、外にダーリンさん待たせてるからすぐ行かなきゃならないんだけど、ダヴィットにレジスタンス廃止をやめるように言えばいいの?」
色々考えて出した結果だろうに、いくらダヴィットでも俺の一言で取りやめになんてするだろうか。あんまり期待しないで欲しいんだけどな。
「そうだよ。ごめんねリーヤ、僕らのわがままで」
「いいよジーン、ダヴィットとは色々あったから、ちょっと無理なお願い言っても大丈夫」
ジーンに頼まれるとノーとは言えない自分に気づいた。それに聞き入れてくれるかは別として、ダヴィットには会って早々、縁を切ってもよかったぐらいのことをされたのだ。ジーン達のためにちょっと頼み事してみても罰はあたらないだろう。
「ダヴィット殿下に頼むと言うより…言い出した人を説き伏せて欲しいんだよね」
「あ、やっぱ発案者はダヴィットじゃないんだ。いったい誰?」
俺がジーンに尋ねると同時に、クロエが派手な音をたてて写真を机に置いた。
「こいつだ」
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