先憂後楽ブルース 感動の…? 地下道を数人のスキンヘッドさん達と歩き、すれ違う人々に見られながらも俺はなんとかジーンの家にたどり着くことが出来た。 「懐かしー…変わってねぇー…」 この思いを簡単に言うなら、出稼ぎに出たサラリーマンが古巣に帰ってきた感じ、だ。俺の姿見たらみんなびっくりするんだろうなと思いつつ、顔がゆるむのを抑えきれないまま、俺は人差し指でインターホンを押した。 ピーンポーン、とごく一般的な呼び出し音と共に、ダダダダダッという誰かがこっちに向かって走る足音が聞こえてくる。そして次の瞬間、目の前の扉が勢いよく開き、この家の家政婦、ゼゼが飛び出してきた。 「ゼゼ、久しぶ…」 「遅いデスよ! こっちはずっと待ってたんデスからね! イルちゃんもすっかりおこ……ってアレ、ちがう」 「違う!?」 久しぶりに帰ってきて言われた言葉が、違う!? あまりのショックに茫然となる俺を、ゼゼはまじまじと見てくる。そしてやっと誰か気がついたのか、満面の笑顔で抱きついてきた。 「リーヤじゃないデスか〜! また会えて嬉しーデス! どうしてココに?」 「ゼゼっ…はなし、胸がっ…!」 いつもと同じキャバ嬢みたいな服を着ているゼゼから、俺はやっとのことで逃れた。この激しいスキンシップ、平凡な高校生にはちょっとハードルが高い。 「リーヤ〜、もう一度会いたいと思ってマシタ…感激デス!」 「…そうだね」 違う、と言われたことが衝撃すぎて、いまだ素直に喜べない。なんだよゼゼの奴、別れるときは号泣だったくせに。 俺がすっかり落胆していたその時、玄関先での騒ぎが聞こえたのか眠そうなジーンが顔を見せた。 「どうしたのゼゼ、日曜の朝から騒が……ってリーヤ!?」 「ジーン!」 パジャマ姿のジーンは俺の姿を見た瞬間、目を丸くして驚くも俺はかまわず彼に飛びついた。がしっと力強く肩を抱き、友情の抱擁をかわす。懐かしい香りがした。 「待ってたよ、リーヤ。久しぶりだね」 「ホント久しぶり…!」 なぜだか、猛烈に泣きたくなった。嬉し涙ってやつだ。 「リーヤのお父さん、病気治ったの?」 「うん、もうピンピンしてるよ。ありがとな」 良かった、と微笑むジーン。何度となく見た笑顔だ。 「でもジーン、もしかしてあんまりびっくりしてない?」 「いつかまた、帰ってくるって思ってたからね。さあ入ってリーヤ、散らかってるけど」 「お邪魔します」 散らかってるのはいつものことだろ、と心の中でつぶやきながら、俺は頭を下げた。けれどジーンに肩をつかまれ、足を止められてしまう。 「ジーン…?」 ブルーの目をふにゃっと崩して、ジーンは首を傾ける俺に向かって微笑んだ。 「『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』だよ。ね、リーヤ」 「………」 正直に言おう。この時の俺は、本気でジーンの瞳に吸い込まれるかと思った。いやむしろ吸い込まれてしまいたいという願望が出るぐらいにほだされていた。 前にも思ったことだが、俺がもし女だったら、絶対ジーンに惚れていただろう。良かった、俺男で。 「…ただいま」 「おかえり」 ジーンの手がゆっくりと放され、俺はダーリンさんにかりた履き物を脱ぎ、家に入った。スキンヘッドさんは玄関先で待機だ。リビングに続くドアの向こうから騒がしい声が聞こえる。 「そういえばゼゼ、誰待ってたの?」 「え?」 「ほら、俺が来たとき飛び出してきたじゃん。誰か待ってたんだろ?」 「ああアレ、新聞デスよー」 「新聞……」 俺って新聞配達と間違えられたのか。しかも心なしかガッカリしてたような。なんかむなしい。 気を取り直しエクトル達の盛大な歓迎を期待して、俺がゆっくりとドアを開けると、予想通りそこには例の3人、クロエとイルとエクトルの姿が。けれどソファーに座る3人は白熱の議論を交わしていて、俺の存在に気づきやしない。 「エクトル、お前どうにか出来ねえのかよ!」 「…兄ちゃんが何とかすればいいだろ。俺には関係ない」 「関係ないことないでしょ、アンタだってチームの一員なんだから!」 「そうそう、エクトルだって仲間なんだから。仲良くしようよ」 「誰が仲間だ、都合いいときだけ利用し…ってうわあああ!」 いきなり会話に割り込んだ俺に気づいたエクトルは、驚きのあまり飲んでいたコーヒーを落とした。バリンッとティーカップが激しい音をたてて割れる。お気に入りのカップが…、とショックを受けるジーンの声が聞こえた。 「リーヤ!」 「久しぶり、エクトッ…」 言い終わる前に思い切り抱きつかれてしまい、むせた。 「リーヤ! 何で何で? 何でここに?」 「それは俺もよく、わかんねぇけど…会えて嬉しいよ」 なんとか窒息する前にエクトルの体をひっぺがし、細っこい腕をつかんだ。 「リーヤ、やっぱり帰ってきてくれたのね!」 いかにも女らしい笑顔で俺に駆け寄るイル。彼女は長ったらしい髪の毛を一つに束ねていたので、ちょっと違った印象を受けた。 「お父様は? お元気? 心配してたのよ」 「う、うん。病気も治った」 俺の父さんの正体を知ってから、イルの俺に対する態度がガラリと変わった気がする。何度か経験したことだが、こんなあからさまな人は初めてだ。逆に清々しく感じる。 「どけ、カマ」 「ちょっと何よクロエ!」 イルの体をなんなく押しのけ、クロエが俺の目の前に。クロエはよっぽど暑いのか上半身裸で、ほれぼれするような肉体美をさらしていた。 「クロエ、久しぶ…あがっ」 俺の顎がクロエの首に当たる。気がつけば抱きしめられていた。 「クロエ!? ちょっと、なに…」 俺に会えたのがそこまで嬉しいのか。コイツそんなキャラだっけ? 「…リーヤ」 「な、なに」 「お前すげぇよ。マジびびった」 「は?」 体を強ばらせた俺からやっと離れたクロエは、驚いたことに笑っていた。俺の予想が正しければ、再会を喜んでいる笑みではない。 「いやー、ホントちょうどいいときに帰ってきたなリーヤ。狙ったのかって思ったぐれぇだ。ヤバいよお前。俺ちょっと尊敬したもん」 「…はあ」 相変わらず意味は分からないが、尊敬されて悪い気はしない。俺の帰還を喜んでくれて何よりだ。 「そっか、リーヤに頼むってのもアリよね」 イルの言葉にピクリと俺の耳が反応する。頼む、って何をだ。 「何かあったの?」 そう俺が尋ねるとクロエが指でソファーを差した。座れということだろう。俺はおとなしく従った。 「昨日のことだ。エクトルがパソコンでレジスタンス関連のページを見てたんだが…」 クロエは弟を一瞥してから、険しい表情で説明を初めた。 「その時、ついうっかり国の機密扱いになってるレジスタンスのページにとんじまったんだけど、そこでとんでもないもん見つけちまったんだよ」 「…………」 どんなうっかりだよとツッコみたかったが、先が気になった俺は聞いてるよとばかりに黙ってうなずいた。 「そこにはこう書いてあった。『本年度における、公正レジスタンス法についての改正、および廃止についての懸案事項』……どういうことかわかるか」 うつむき加減のクロエがあまりにも絶望的な顔をしていたので、俺は発言することを一瞬ためらった。 「…レジスタンスがなくなっちゃうかも、ってこと?」 「そう! その通りだクソ野郎!」 いきなりキレた不良は乱暴に机を叩き、俺の体はビクッと震える。机に置いてあったティーカップが揺れ、ジーンが、あっ…、と小さく声をあげた。 「でも、まだ懸案事項なんだろ? レジスタンスが廃止になるって決まったわけじゃないじゃん」 けれど俺のそんな意見はクロエには通じなかったようで、ギロッと豹のような金色の目でにらまれた。 「お前は全然わかってねぇな! そもそもこんな案が出てくること自体が問題なんだよ! それとも何か? お前はレジスタンス廃止になりましたーって国から発表があるまで待つ気か? チームがなくなってもいいってのか!?」 「そ、そんなこと言ってないだろ! そりゃ俺だって嫌だけどさ、どうすることも出来ないじゃんか」 まさかレジスタンス廃止を止めるために、本当にレジスタンスを始めるわけにもいかない。…いや、クロエならやりかねないかもしれないが。 けれど俺の不安をよそに、クロエは呆れた顔をして深いため息をついた。 「…寝ぼけたけこと言ってんじゃねえぞ。俺らが出来なくてもお前は出来るだろうが」 「ど、どうやってさ」 チッとクロエのイラついたような舌打ちが聞こえた。低脳、とつぶやく声も聞こえた。 「お、ま、え、が、あのバカ王子にちょっと頼んだら済む話だろ! お前が言うことならアホみてーにホイホイきくぜ、あのクソ王子」 「アホとかバカとかあんま言わない方が…ってか何、レジスタンス廃止ってダヴィットが言い出したことなの?」 「それはちょっと、違うんだけどね…」 俺の質問に答えたのはイライラと足踏みするクロエではなく、さっきまで割れたティーカップの後片付けをしていたジーンだった。けれどジーンの言葉が終わる前に、来訪者を知らせる呼び出し音が聞こえ、彼の話は遮られた。 「やっときたみたいだ」 ジーンのつぶやきと同時に、客人を迎えるためゼゼが玄関に向かって走っていってしまう。そんなに新聞配達を待ち望んでいるのか。でも普通、新聞配達は呼び出し音なんて押さないだろうに。 [*前へ][次へ#] [戻る] |