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先憂後楽ブルース
再会の赤い電車


目を閉じているはずなのに、暗くない。どちらかというと白い視界のせいで、俺は目が覚めた。葉と葉の間をかいくぐって太陽の光線が、狙ったように俺の目に当たっていたのだ。
周りの様子は以前来たときと変わりなかったので、俺は特に動揺もせず、むしろ喜んでいるぐらいだったが、どうしても気になることが1つ。

「あ、暑い…!」

なんかこれ前も言ってた気がする。もともと、この世界の平均気温は高かった。けれどこの暑さは異常だ。まさにサウナ状態、前回の比じゃない。

このままじゃ本気で干からびて死ぬんじゃないかと不安になったとき、頭上に大きな物体が現れ太陽の光が完全にさえぎられた。

「な、なんだ…?!」

もしかしてレジスタンス中か!? と恐怖を感じた瞬間、その大きい物体に見覚えがあることに気がついた。バスのようにも見えたが、タイヤじゃない。あれは車輪、つまり電車だ。赤色の一両しかない電車。前に一度見たことがある。

あまりの迫力にただびっくりしていた俺の頭上、低い木の上にぐわんぐわんと奇妙な音をたてて、電車がゆっくりと下降し停車した。
木がつぶれるんじゃないかと心配だったが、よく見ると電車は木の上には着地せず数センチほど浮いてるようだった。なんかリニアモーターカーみたい。

そうこうしてるうちに電車の自動ドアが開き、上半身だけ起こした俺の前に懐かしい人が現れた。

「お久しぶりです、リーヤ様」

「ダーリンさん!」

彼女に再び会えるなんて、俺はなんて幸運な男なんだ。心の底からそう思った。
久しぶりに会った、といってもぱっと見た限り、なにも変わってない。相変わらずの美人だ。

「お迎えにあがりました。お待たせして申し訳ありません。早くお乗りください、殿下がお待ちです」

殿下……ダヴィットだ。懐かしいなあ、前に別れてからそこまで時間たってないけど。

正直言って、俺はまたここに来れるような気がしてた。でもそれはもっと先の話で、よもやこんな早く戻ってこれるとは。クロエ達、どうしてるかな。会いたい。

「…リーヤ様、早くお乗りになって下さい。ただちに連れてくるようにとの、殿下のご命令です」

動こうとしない俺に業を煮やしたダーリンさんが、相変わらずの無表情で俺を促した。

「あの…ダーリンさん」

「なにか」

「タワーに行く前に、ジーンの家、よってもらえますか」

「…は?」

ダーリンさんの眉間に一瞬、しわができた気がした。あくまで、気がした、だが。

「残念ですが、それは出来ません。私は殿下の指示に従う義務があります」

「そこをなんとか!」

「無理です」

このくそ暑い中、手を合わせて頭を下げてみたが、ダーリンさんは俺の願いなんて鼻にもかけない。
くっ…、ここは最終手段に走るしかないか。

「ジーンの家に連れて行ってくれないなら、俺、こっから動きません。本気です」

「…リーヤ様、それでは熱中症で死んでしまいますよ」

「わかってます!」

お互いに稲妻を散らしてにらみ合う俺達。だがここで引くわけにはいかなかった。だって一度ダヴィットのところに行っちゃったら、なかなかジーン達には会えない気がする。

「……仕方ありませんね。少しだけですよ」

ついにダーリンさんの方が折れた。彼女を困った立場に追い込んでしまったのは悪いが、ききいれてくれて良かった。

「ありがとうございます、ダーリンさん! 約束ですよ!」

「わかっています。いいから早く中へ」

実のところ結構この気温に限界を感じていた俺は、急いでのばされたダーリンさんの手をとった。












「……えぇ、だからこれはリーヤ様の希望で。…え? 私が言えるわけないでしょう馬鹿ね。……そう、貴方からダヴィット様にきちんと説明して」

「…………」

冷房のきいた電車の中、携帯電話片手にダーリンさんが説得を続けてくれていた。俺の我が儘で、本当に申し訳ない。

「まったく、ちょっとは私の立場を考えてちょうだい。……え?『そんなこと言ったら僕が殿下に怒られる』? …子供ですか貴方は。いい加減にしなさいジロー」

ブチっと真顔で電話を切るダーリンさん。問答無用だ。っていうか相手はジローさんだったのか。

「すみません、俺のワガママきいてもらって」

ダーリンさんにとってダヴィットの命令に逆らうことは、身も凍る思いなのではないだろうか。

「かまいません。とりあえずもう少し水分をとって下さい」

目の前に置かれた冷えたウーロン茶を飲むよにうながされた。俺は首にかけたタオルで汗を拭きながらコップに手をかける。このタオルは先ほどスキンヘッドの男にもらったものだ。他にも布でくるんだ保冷剤のような物も渡され、首や脇にはさむよう言われた。なんか過保護な親を持つ子供の気分。

「リーヤ様がこちらに来たという情報が入ってから、すぐにお迎えにあがったのですが、もしかしたら軽い脱水状態になっているかもしれません。ですから、念のために」

「……はあ」

過剰すぎるとは思うが、好意はありがたく受け取っておこう。

「久しぶりですダーリンさん。この前は世話になったのに何も言わず帰っちゃって、ごめんなさい」

「かまいませんよ、リーヤ様のお父上の件、殿下から聞かせていただきましたし」

「え…あ、父さんね。おかげさまで、すっかり良くなりました。ありがとうございます」

俺が深々と頭を下げるとダーリンさんは、それは良かったです、と透き通るような綺麗な声でいった。

「でも俺なんでまた、ここに来たんでしょう…。いや別に嫌だったわけじゃないですけど、特に困っていることもありませんし」

これがどうもよくわからない。もしかして、今度こそココが俺を必要としてるとか?

「…一般的にアウトサイダーが来ることには、必ず意味があります。しかしリーヤ様は一度この世界に来ていらっしゃるのですから、簡単にここの一部となることが出来るのです」

「ここの、一部?」

よく意味がわからなくて険しい表情作った俺に、ダーリンさんは真顔でうなずいた。

「ええ。現実的に言えば、過去や異世界から人が来ることは絶対にありえません。それはこの時間軸に存在出来る人間は決められていて、入る隙間がないからです。ですからアウトサイダーは現存在にふさわしい本来的なもので、この世界の枠にあらかじめスペースがあるのです。つまるところ、リーヤ様が来ることは、もはや現象になったわけですね」

「………まったく理解できないんですけど」

心なしか口をとがらせたダーリンさんが、足を組み替える。すみません、頭の弱い男で。

「言いかえれば、特に意味がなくてもリーヤ様はこちらに来れるということです」

「…あ、なるほど」

意味がわかったのは嬉しいが、意味がないってのは落ち込むなあ。

「俺は物理とかって苦手なんですけど、ダーリンさんは博識なんですね」

「あくまで、想像ですが」

「…想像、だったんですか」

案外想像力の豊かな人だ。俺もどちらかというとイマジネーションはある方だが。

「理由はどうあれ、リーヤ様ならいつでも大歓迎です。ダヴィット様もずっとお待ちになっておられました」

「…………」

ダヴィットが待っててくれたことは、嬉しい。俺もダヴィットは嫌いじゃないし。でも彼はダーリンさんの思い人でもある。ダヴィットが俺のことをどういう風に見ているのか、彼女は知っているのだろうか。

「あの、ダヴィット、俺のこと何か言ってませんでしたか?」

出されたウーロン茶を飲む前に、俺はダーリンさんに尋ねた。

「言ってましたよ。リーヤ様と結婚する、と」

「ぶっ…!」

もう少しで吹き出すところだった。ダヴィット、お前そんなにおおっぴらにしてるのか。しかもよりにもよってダーリンさんに。鈍すぎるのも考えものだ。

「あの…アレはその、なんていうか…」

「いいんですリーヤ様、わかってますから」

俺は何とかはぐらかせないかと必死だったが、ダーリンさんはいたって冷静に話し出す。

「リーヤ様も気づいていらっしゃるのでしょう? 私が殿下に好意をよせていることに」

「え!? あ……は、い」

ここまで明け透けに言われると思っていなかった俺は、思わずダーリンさんから目をそらしうつむいた。非常に気まずい。

「…やっぱり。私、誰にでもすぐに気づかれてしまうんです。殿下のこととなると、つい態度に出てしまうので」

はっきり言って、態度に出るなんてものじゃない。別人になる。

「ですが私は、殿下のことを“運命の人”だと思ったことは一度もありません」

「ど、どうしてですか?」

納得がいかない俺の質問に、ダーリンは口角を上げ、少し悲しそうな笑みを浮かべて答えた。

「ダヴィット殿下は将来、王になるお方で、私はその臣下にずきないからです。もし仮に思い合っていたとしても、到底結ばれる間柄ではありません」

「そんな…」

思わず言葉をなくしてしまった俺に、ダーリンさんは、事実です、と小さくつぶやいた。

「ですから私は、殿下とリーヤ様には幸せになってもらいたいんです。例えどんな手を使ってでも、邪魔は入れさせません。殿下には好きな方と結婚してほしいんです。政略結婚などというくだらないものは、私が全力で阻止します」

「…はあ」

タイトスカートの上でぐっと拳を作るダーリンさん。好きな人の幸せが一番という彼女の考え方は素晴らしいと思うが、どうしても流せない事実があった。それは彼女が、俺とダヴィットをくっつけようとしてることだ。今のところ、というかこれからも俺に彼と結婚する意志はない。だってダヴィットは男だ。ダーリンさんもその辺、疑問に思ってくれればいいのに。

「まさかリーヤ様、間違っても殿下のプロポーズを“断る”なんてことはないですよね?」

「へ? あ、えーと…」

今まさに否定しようとした矢先、ダーリンさんにそんな事を言われてしまった。しかもその言い方ときたら、けして脅してるような口調じゃない。真剣に、断るなんてバカなこと絶対ありえない、と思ってる顔だ。これじゃあ言えるもんも言えやしない。

だが俺が口を開いて何か言う前に、車体が揺れ俺達はバランスをくずした。

「失礼いたします! ゾルゲ補佐官、アウトサイダー様。Dの24番地下出口に無事、到着いたしました!」

スキンヘッドさんは結構近くにいるのに大声で叫ぶように言われた。俺はびっくりしたがダーリンさんは慣れているのか眉頭1つ動かさない。

「ではリーヤ様、数名の護衛をつけますので、出来るだけ早く戻ってきて下さい」

「あ、はい」

護衛なんていらないのになあ、と思ったが案内が必要なことに気がついた俺は、深くうなずいた後、ふかふかのソファーから腰をあげ、急いでジーンらのもとへ向かった。


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あきゅろす。
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