先憂後楽ブルース 006 フィースとダヴィットが仲良くむつみあう姿を想像して、思わず吐きそうになった。そんなリーヤを見て、フィースが不思議そうな顔をして尋ねてきた。 「リーヤは、気に入らないのか」 「…え?」 「俺が殿下と仲良くすること」 フィースのいわんとすることがすぐにはわからず、リーヤは首をひねった。彼とダヴィットが仲良しなのは一向にかまわない。そんなことをいちいち気にしてしまったら嫉妬になってしまう。だがこの浮気男が求める答えは、そういうことではないだろう。 「俺はっていうか…普通、恋人が他の奴とロミオとジュリエットやってたら嫌だろ」 「やっぱり、そういうものか」 フィースはパンツのみの姿であぐらをかきながら、なにやら考え込んでいるようだった。その鍛え上げられた肉体と雄々しい顔つきには、同性といえども思わず見とれてしまう。 「俺にはその嫉妬ってやつがよくわからねえ。愛情ってのは、たった1人にしかあげちゃいけないものなのか?」 「いや、それは…」 「そいつのことを死ぬほど愛していても、他にも同じように思う相手がいたら、その時点で嘘になっちまうのか」 「……」 寂しそうにしょぼくれるフィースに、思わずそんなことないよと否定しかけた。たとえ相手がたくさんいたって、フィースの恋人を想う気持ちは本物だ。そう言ってあげたかった。けれどその瞬間リーヤの頭の中に、クロエと入れ替わっているときに聞いたジーンの言葉がよみがえった。 ――愛してる、愛してるんだ。誰よりも。 相手が誰なのかはわからないが、あの時のジーンは悲痛な声でそう告げた。本当につらそうだった。ジーンには、それほどまでに愛する人がいる。もしそんな相手が何人もいたら、きっと身体がもたないだろう。 「…そうだよ、フィース。好きっていう気持ちは、誰か1人に捧げてこそだろ。それを何人にも平等になんて。おかしいよ、そんなのは不実だ」 「……リーヤ」 「フィースにだって、嫉妬は少なからずあるはずだ。自分の好きな人に自分より親しい人ができたら、いい気持ちはしないだろ?」 しばらくの間、虚をつかれたような顔をしていたフィースだったが、やがてだんだんと目がすわってきた。そして表情を変えないまま、リーヤの方を向いて口を開いた。 「他のみんなは、そんなこと言わない。俺が誰と何してようがかまわねえ、って感じだ」 「かまわないわけないだろ!」 大声に驚いたのか、フィースの身体がビクッと震える。リーヤは汗ばんできた額を冷やそうと髪をかきあげ、フィースと向き合った。 「みんな、ほんとはフィースを独り占めしたいと思ってる。でもそんなこと絶対言えない。言えば、捨てられるのは自分かもしれないって思ってるんだ。だってそうだろ? 百分の一の確率だぞ。怖いに決まってる」 あれだけの人数だ。誰だって、自分がフィースの一番である絶対的な自信などないだろう。 フィースは単純で、そこが良いところでもある。けれど他人の、特に好意や悪意などに関しては単純な思考ばかりではいけない。彼には人を寄せ付ける特別な力があるから、普通の人との意識のズレがあっても仕方ないのかもしれないが。だからといっていたずらに人を傷つけてしまうのはよくないことだ。しかも本人にその自覚がないなんて、たちが悪すぎる。 もういっそ、フィース自身にフェロモンの話をしてしまおうか。そうすればきっと本人も、生活態度を改めて…… ――いや、駄目だ。 それだけは絶対にしてはいけない。話せるものなら、ずっと前にダヴィット達が話しているはずだ。もしこの事実がフィースに知るところになれば、彼は一生誰の言葉も信じられなくなってしまう。 「…悪い、フィース。今の話忘れてくれ」 「リーヤ?」 怪訝そうなフィースの頬を撫でる。何ともやるせない気持ちになった。フェロモンなんてものがなくとも、フィースを好きになる人はたくさんいるだろうに。誰彼と好意を向けられてしまっては、たった1人の運命の相手を見つけるのは難しい。自分のような人間が口出しするべきことではなかった。 「どうして、そんな顔をする」 「そんな顔…?」 「泣きそうだ」 泣きそう、と形容された自分の顔を強制的に元に戻す。フィースのため何を言っても、裏目に出てしまいそうなのが悔しかった。 「リーヤは、怖くないのか?」 唐突にフィースの声が耳元で響く。いつの間にか縮まっていた距離に、リーヤは身体をかたくした。 「確かにリーヤのいうことに一理ある。でも、だったらリーヤはどうなんだ。どうして他のみんなに言えないことがリーヤは言える」 「いや、俺は…」 今、ここではっきりさせるべきなのかもしれない。今まで、つい有耶無耶にしてしまっていたが、はっきり自分の気持ちを伝えなければ。フィースを好きにはなれない――と。 リーヤは決心をして口を開くも、次の瞬間フィースと目をあわせてしまった。その瞳に見つめられると何も考えられなくなる。自分はフィースが好きだ、と確かに思える。ではなぜ、好きにはなれないなどと言わなければならないのだろう。 「あーっ!」 ほてる身体に意識が朦朧となっていたとき、フィースが突然叫び、勢いよく立ち上がった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |