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先憂後楽ブルース
005


「ま、まさかハリエットの奴、俺のこと邪魔になって殺そうとしてるんじゃ…うわ、アリそう!」

「落ち着けリーヤ、考えすぎだ」

「でもあいつ、俺はダヴィットに悪影響を与える存在だって言ってた! フィースのことも、女の敵だって!」

「マジで!?」

女の敵とか言ってたかどうかは曖昧だが、フィースをよく思ってないのは確かだ。暑くなってくる周囲の温度とは対照的に、フィースの顔はどんどん真っ青になっていった。

「俺、昔からダチに『お前は絶対女がらみで死ぬ』って言われたけど、まさか現実になるなんて…」

「…それはただの嫌味だろ。そんなことより、このドア壊せるかどうか試してみようぜ」

フィースの長所の1つはその怪力にある。生命の危機を感じながらもリーヤ冷静なのは、半分ほどそのせいだ。

「なるほど、その手があったか〜」

物を損壊することに若干の抵抗を感じつつも、んなもん気にしてられるかと決心したリーヤの提案に、フィースは素直に賛同し肩をならしながらドアへと近づく。リーヤもそれにならってフィースの後に続いた。

「あ、ダメだ」

諦めの言葉と共に、振り上げた腕がむなしく空中で止まる。腕まくりをしていたリーヤは眉間に皺を寄せながらフィースを見上げた。

「駄目? どうして?」

「このドア、強化されてやがる。人の力じゃ開かねえよ」

「フィースならできるんじゃないか」

「……」

リーヤの期待を察しトライする気になってくれたのか、凛々しい表情でドアノブを握るフィース。リーヤも彼の腰を掴み腰を落とした。

「じゃ、せーのでいくからな」

「うん」

「せーの!」

2人で足を踏ん張らせながら全力で引くも、ドアはビクともしない。しかもノブを掴んでいたフィースは汗で手を滑らせ、そのまま後ろに倒れてしまった。

「わ、悪い! 大丈夫かリーヤ!」

「…うん」

巨体の下敷きになったリーヤは、そこから起き上がる気になれなかった。特に身体に異常があったわけではない。自力での脱出が不可能だとわかって絶望していたのだ。

「あ、暑い」

無駄に体力を使ってしまったせいか、すでに体中から汗が噴き出していた。息も荒く意識もぼやけてはじめている。

「……脱ぐ」

「え?」

「服なんか着てるから、こんなクソ暑いんだ」

硬直するフィースなどおかまいなしに、リーヤは履いてたスニーカーと靴下を脱ぎ捨てると、ベルトをはずし豪快にジーンズをずり下ろす。そしてフィースの身体を上から下まで眺めて、嫌悪の表情を浮かべた。

「お前も脱げよ、その格好見るだけで暑苦しい」

「えっ俺も!? うわ、おっ…!」

トランクスのみの姿になったリーヤは、フィースの服を次々と脱がしていく。ところがベルトに手をかけたところで、フィースが思い切り抵抗を始めた。

「やめろリーヤ! 俺達まだ婚前なんだぞッ」

「キモい勘違いはやめろ! 脱がなきゃ死ぬんだからな!」

「ぬっ、脱ぐ! 自分で脱ぐから!」

前回船に呼んでくれたときはすんなり半裸になったくせに、なぜか今は恥じらい顔を赤らめる男にリーヤは呆れつつも素直に手を放してやる。脱がされるのは心底嫌がっていたフィースだが、自らやるときは男らしく一気に脱ぎ捨てた。

「…なんだよ、リーヤ」

「いや…」

己が強制したとはいえ、フィースの魅力的な身体はやはり目の毒だ。引き締まった肉体、割れた腹筋。男として憧れるだけならまだしも、ずっと凝視していると変な気持ちになってくる。けして同性相手に抱く感情ではない。リーヤは自分の理性を守るために、フィースを視界に入れないよう努力した。フィースもフィースで、リーヤから距離をとり1人怪しくぶつぶつと呟いている。

「しっかりしろ、俺! まだ婚約もしてねえんだ…だから駄目! 絶対だめ!」

「……」

かすかに聞こえてくるフィースのひとりごとにリーヤの不安が1つ増える。こっそりフィースから一番離れた場所に移動すると、できるだけ体力を使わないように膝を抱えて縮こまった。だが、会話がなくなると怖い考えばかりが押し寄せてくる。

「もしここで干からびて死んだら、どうしよう…」

ついついこぼしてしまった弱音はフィースの耳に届いてしまったらしく、彼の普段の凄みのある顔は消え眉がハの字になっていた。

「リーヤ、そんな縁起でもないこと言うな」

「でも、ハリエットが戻ってこなかったら…」

「殿下が見つけてくれる、きっと」

「…うん。そうだよね」

助けがくるとしたら、先ほどまで話していたダヴィットをおいて他にはいない。妹との会話に夢中になりすぎてないことを祈るばかりだ。

「離れていても、ちゃんと心で繋がってるからな。俺のピンチにきっと気づいてくれる」

「別に、俺とダヴィットは心で繋がってなんか…って、え?」

いま、少し文法的におかしかったような。きっと聞き間違いだろう。

「俺とダヴィット、の心がだよな?」

「いや、俺と殿下」

「………」

「あ、でもリーヤと殿下も繋がってるかもな! 俺達3人以心伝心〜なんてな」

なんてな、じゃねえよバカ。思わず、そう罵倒しそうになった。

「まさかフィース、ダヴィットと付き合ってたり…しないよな?」

「なんじゃそら! 付き合ってるわけねえだろ!」

げらげらと豪快に笑うフィースに安堵した。自分の知らぬところで魔の三角関係になっていたとは思いたくない。

「でも、好きだとは言われた」

「ぶッ!!」

フィースの衝撃的な告白に、リーヤはないものを吐き出しそうになる。ダヴィットとフィースの間には何かあるなとは思っていたが、聞くなと言われてからは口にしないようにしていたのだ。まさかこんなに発展的だったとは。
だが、フィースの言葉を鵜呑みにしてはいけない。それをいうなら自分だってフィースに好きだと告げ、いつの間にか恋人関係になっている1人なのだがら。

「じゃあ何で付き合ってないの?」

リーヤの様々な思惑をぶっ飛ばした素朴な疑問に、フィースはしょっぱい顔をして答えた。

「付き合わねえんじゃなくて、付き合えねえんだよ。王族と特例委員会の恋愛は認められない。この2つは敵対してるからな。つまり、俺達はロミオとジュリエットってわけだ!」

「…ははは」

冗談としては笑える言葉をさらさら吐きながら、少し切なさの残る表情のフィース。浮気だとか気が多い野郎だなどと言うつもりは毛頭ないが、ここから生還できたら必ずダヴィットを問い詰めてやる。引きつり気味の笑顔を見せるリーヤは、堅くそう心に誓った。


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