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先憂後楽ブルース
001


その日、レッドタワーはいつにない賑いを見せていた。

レッドタワー内だけではない。都・フォールパイプに存在する機関は総出でこの日に備えていた。王であるバーナードは厳しい監視のもとにタワーへのマスコミの立ち入りを許し、都民はもちろんのこと日本国民全体がテレビ中継により目の当たりにすることとなったのだ。
王の娘であり、この国でたった1人の姫の帰還を──










「妹?」

タワーに到着してすぐダヴィットの私室に誘導されたリーヤが、この慌ただしい雰囲気は何なのかと尋ねるとダヴィットは嬉しそうな表情ですんなり答えた。

「ああ。私の妹は1年前から姉妹国に留学していてな、3日間だけ戻ることになったのだ。本来は内々の帰国だったが、どこかから情報が漏れた。変に勘ぐられるよりは、と父上は大々的に公表することを決め、そのため今日は人の出入りが激しくなっている」

「へぇー…」

椅子に腰掛けたリーヤは気のない返事をして、そわそわと待ち遠しい様子で室内を歩き回るダヴィットを眺めていた。無関心を装いつつも、妹というものを持ったことのないリーヤは興味津々だった。ダヴィットの妹の存在を知っていながら、今までどこにいるのか疑問に思わなかった自分に疑問を感じるぐらいに。

「妹はもうすぐ到着する予定だ。リーヤは屋上には行ってはならんぞ。報道陣がうようよいる。この期に乗じてお前の写真を撮ろうとする輩だ。私は無闇にお前の姿を世間へ晒したくはない」

「…なんかお騒がせセレブみたいだな。俺の写真なんか撮ってどうすんだか」

「プライベートなお前を撮影するのは法律で禁止されているが、ああいった公式の場では許されるからな。大方、私とお前の関係について有りもしないことをでっちあげるのだろう」

有りもしないことをでっちあげてるのはどっちだ、と内心つっこみながらもリーヤは今日はずっと部屋に引きこもることを決めた。ダヴィットとカメラに撮られて醜聞騒ぎなど、絶対に避けなければならない事態だ。

「俺はここにいるとして、ダヴィットは迎えに行かなくていいのか?」

「お前の到着と重なったからな。今回はここで待つことにした」

「…そりゃ悪かったよ、ダヴィット」

「いや、それはただの表向きの理由だ。撮られるのはどうも苦手でな。リーヤが来てくれて助かった」

前回、妹が戻ったときは父と並んで屋上の着陸場まで迎えに出たダヴィットだったが、今回は報道陣のカメラがたくさんひかえている。リーヤだけでなく自分の写真もできるだけ流出を避けたい彼は、今回はこうして部屋で待つことにしたのだ。


それから、幾ばくもしないうちにドアが二回ノックされて、外のジローから声がかかった。妃殿下がご到着なされました、という恭しいジローの言葉が終わる前に、ダヴィットがすぐさま入室を許可した。

「兄上!」

扉が開いた瞬間、小さな影がこちらへ走り寄ってくる。この少女こそ、ダヴィットの妹であり御年11歳のエレン・オリオールである。満面の笑みを浮かべるダヴィットは、久しぶりに会えた妹を思い切り抱きしめた。

「エレン、会えて嬉しいぞ。元気にしていたか?」

「はい! エレンも兄上に会えて嬉しい!」

熱い抱擁を交わす2人を微笑ましく見守っていたリーヤだが、ジローがずっと直立不動で敬礼をしていることに気づき、王であるバーナードも来ているのだと知った。慌てて立ち上がり一礼したリーヤにバーナードは柔らかく笑んだ。

「お久しぶりです、陛下。またお会いすることができて嬉しいです」

「久しぶりだリーヤ。そう堅くならずとも良い。エレン、紹介しよう。こちらはアウトサイダーのリーヤ・垣ノ内」

リーヤが緊張しながらも笑顔で会釈すると、エレンも無邪気な笑みを返す。彼女の友好的な態度にリーヤはほっとした。

「そしてこの子が私の愛娘、エレン・オリオールだ」

高級そうなドレスを身にまとっていたエレンは黒く長い艶やかな髪で、どちらかというと日本人顔だった。ひらひらのドレスを身にまとってはいるものの大和撫子な面立ちをしていて、彼女全体を見ると和洋折衷という言葉が似つかわしい。

「初めまして、エレンちゃん」

リーヤが手を差し出すと、エレンは花のような笑顔でその手を握り返す。まったくダヴィットと似てないなと思いつつ、自分達兄弟も人のことは言えないリーヤは特に気にしなかった。だが、

「くるしゅうない、おもてをあげよ」

「………」

どうしても聞き流せなかったのが、エレンのその言葉遣いだ。目線をあわせるためずっと中腰だったリーヤはその声に姿勢を元に戻す。一瞬、自分が大河ドラマの世界に迷い込んだかと思った。

「初にまみえる。わらわがエレンじゃ。リーヤ、よろしく頼むぞ」

「よ、よろしくお願い致します…」

姫とはいえ11歳の女の子相手なのに、意識せずともなんとなく敬語を使ってへりくだってしまう。ダヴィットもその父もいつも尊大な話し方をしているが、まさか妹までこんな普通に生きていたらまず聞けないような口調だなんて。

エレンの妙に格調高い話し方を聞いたリーヤの微妙な表情を誤解して、ダヴィットが妹の見た目の説明をした。兄に肩を抱かれたエレンは嬉しそうに兄に寄り添っていた。

「私の曾祖父は日本人で、エレンは何故かその血を濃く受け継いでいる。私とはまったく似ていないが、血はしっかり繋がっているぞ。リーヤ、どうか仲良くしてやってくれ」

「それはもちろん。俺も仲良くなりたいし」

話し方は変わっているが、慣れれば親しくなるのに問題はない。リーヤが緊張しながらエレンに笑いかけると、彼女は照れた様子で微笑み返す。そんな2人を、ダヴィットは満足げに眺めていた。


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