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先憂後楽ブルース
002


ダヴィットと妹のエレンは久しぶりの再会ということで、リーヤは初めだけ兄妹水入らずで過ごしてはどうかと提案した。ダヴィットは最初こそ渋い顔をしていたが、エレンもそれを希望するとすんなり承諾した。

そういうわけでリーヤは部屋にダヴィット達を残し、スキンヘッドの男達、すなわち警備隊に別室へと案内されることになった。
けれどその途中、リーヤ達の前にダヴィットの補佐官であるハリエット・フラムが、まるで待ち伏せていたかのように現れた。彼女は銀色の髪をたなびかせて、普段からは考えられないくらい礼儀正しくリーヤに挨拶をしてから、警備隊のトップに頭を下げた。

「失礼します、スローン隊長。ここから先は私がリーヤ様をご案内いたします」

突然のハリエットの申し出に、警備隊の長であるスローンはいい顔をしなかった。自分の仕事を横取りされたのだから無理もない。ハリエットは拒否しようとしたスローンを遮り、たたみかけるように言葉を続けた。

「私はリーヤ様をご案内するよう直接命令を受けています。警備隊の皆様には申し訳ありませんが、ここは私にお任せください」

「だ、だがフラム補佐官だけでは警備の安全性が心許ないのでは…」

「ここは安全なタワーの中、心配ないでしょう。リーヤ様、どうぞこちらへ。スローン隊長、それから隊員の皆様、失礼いたします」

ハリエットは警備隊の男たちに言い返す間も与えず、すたすたと歩き出す。リーヤは彼らに礼をすると、大人しくハリエットの後についていった。









「久しぶりね、カキノーチ」

「…いや、久しぶりっていうほどでもないだろ」

「だってこの前来た時は挨拶しただけで、ほとんど話さなかったわ」

ハリエットの言葉に、リーヤは一番最近彼女と話した記憶はクロエとしてだったことを思い出した。リーヤの姿をしたクロエはろくにハリエットと会話をかわさなかったらしい。

「ハリエット、ダヴィット達の前ではいい子ちゃんだもんな」

「私はただ礼儀をわきまえてるだけよ」

ハリエットはダヴィットだけでなく、ダーリンやジロー、その他、人目があるときは必ずリーヤに対する敬語を忘れない。しかし毎度のことながら2人きりになった途端、ハリエットはリーヤに対する遠慮がなくなってしまうのだ。

「ていうかさ…だんだん人のいない方向に行ってる気がするんだけど」

エレベーターを使って降りた階にはほとんど人気がない。前回待たされたときの部屋に案内されるとばかり思っていたが、連れてこられたのは見たこともないような場所だった。

「ごめんなさいカキノーチ。実は私、あなたに相談があって」

「相談?」

「ええ…。すごく個人的なね。時間はとらせないわ」

ハリエットが悩みを他人に、しかもよりにもよって自分に話すとは思っていなかったリーヤは、驚くと同時に少し嬉しかった。いつも気丈なハリエットには悩んでいる様子は微塵もなかったが、考えてみると今日はいつもより軽口の数が少ない気がする。やはり職業柄、悩みが多いのかもしれない。

ハリエットに案内されたのは、バーベルなどの器具が用意されたトレーニングジムのようなところだった。初めての場所なだけに好奇心から辺りを観察していると、ハリエットが簡単に説明をしてくれた。

「ここは普段、兵士や隊員達がを身体を鍛える所よ。今日はエレン様がお帰りになられる日だから、誰も使ってないの」

だったらここで話をすればいいと思うのだが、ハリエットはどんどん奥へと進んでいく。周囲に誰もいないせいか、リーヤは無性に不安になってきた。何より、ハリエットの様子が若干いつもと違うことに不信感を抱いていた。

「ここよカキノーチ、入って」

案内された場所はシャワールームの奥にあるガラス張りの扉。といっても曇りガラスなので中は見えないようになっている。素早くドアを開けたハリエットに促され、リーヤはやや緊張気味にそこへ足を踏み入れた。

「ここって…」

リーヤの目の前に入ってきたのは木材の長椅子が用意された狭い部屋で、いったいなぜこんなところに連れてこられたのか不思議だった。尋ねようとして振り返るとそこにハリエットの姿はなく、扉は閉められていた。

「えっ、ちょっと何!?」

「しばらくそこで待っていて。すぐ戻ってくるから」

慌ててドアにかけよるもハリエットは冷静な声で薄情に言い捨てる。そして、

ガチャン!




「と、閉じ込められた…」

唖然とするリーヤの耳に、扉を施錠する音だけが虚しく響いた。


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あきゅろす。
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