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騒擾恋愛
004


「先輩! おはようございます!」

「……お、おはよう」

次の日、朝早くから登校する俺の前に百瀬の後輩である日生真二が現れた。朝からテンションの高い彼は相変わらず話しているだけで疲れそうな男だった。

「なに? 何か用?」

「俺、千石さんに相談したいことがあるんですけど! 今日の昼、時間ありますか!」

「今じゃ駄目なわけ?」

「できたら昼がいいっす」

「……別に俺はいいけど。飯食った後でもいいなら」

どうせ暇だからと了承すると日生はぱあっと顔を明るくさせ、どこかの礼儀に厳しい運動部よろしく頭を深く下げた。

「ありがとうございます! じゃあ俺、半に中庭で待ってますんで!」

言いたいことだけ言うと日生は俺に背を向け走っていってしまう。わざわざ呼び出してまでする相談事って何なのだろう。なんとなくあの後輩が苦手な俺は少々気疲れしながらも自分の教室へと向かった。










昼飯の時間、俺はいつも自分の席で1人で食べている。しかし今日は日生との約束があるためいつもとは違い、食べ終わっても昼寝をせずに中庭に行くことにした。時計の針はすでに30分を差していて少し遅刻気味だった俺は若干の勇み足で日生との待ち合わせ場所に向かっていた。しかし中庭にでる曲がり角に足を踏み出したその瞬間、嫌な声が聞こえ思わず足を止めた。


「―…だからさぁ、アンタにはさっさと千石さんと別れてほしいわけよ」

この鬱陶しい話し口調は水島だ。しかも今、俺の名前を言わなかったか。別れてほしいって、まさか…。

「変なことを言うのはやめろ。俺と千石はそんなんじゃないって言ってるだろ」

沢木の声が聞こえた瞬間、俺の身体は情けないほどに竦んでしまう。昨日あれだけ俺を不安にさせた水島が来なかったので俺はそれだけで一日中穏やかに過ごすことができたというのに、まさか奴が沢木の方に接触していたなんて。計算外だった。

「急に呼び出してきたと思ったら訳わかんないこと言い出して、だいたいその横の男は誰なんだ」

「ああ、こいつは俺のクラスメートの日生クン。この辺うろついてたから連れてきちゃった」

そう言う水島の横には図体だけはデカい日生がいて、水島に肩を組まれ弱々しく顔を引きつらせている。どうやら俺を待っている間に捕まってしまったらしい。

「そいつは関係ないんだから、さっさと話してやれよ」

「おお、さすがはお優しい沢木先輩。でも日生くんはだーめ。ついでだから証人になってもらおう。ねー、日生くん」

「しょ、証人って何のすか」

「だからー、今からここでこの沢木サンが千石さんとはお別れしますって俺に誓ってくれるから、それを見届けて欲しいわけよ」

「お別れ?」

「馬鹿馬鹿しい。お前の勝手な思い込みだって何度言えばわかるんだ」

沢木が苛つけば苛つくほど水島は上機嫌になるようで、今にも高笑いせんばかりのいけ好かないツラをしている。俺が行けばもっとややこしいことになりそうだからと様子を見ていたが、やっぱり邪魔に入った方が良かっただろうか。しかし出て行くタイミングをすっかり失ってしまい、俺はなかなか足を踏み出せない。

「証拠の写真があるっていったら?」

「……は?」

日生の発言に動揺を隠せなかったのは沢木ではなく俺だった。だって写真だなんて、昨日話したときはアイツそんなこと一言も…。

「公共の場であんなことしちゃってる沢木サンが悪いんだよ。動画もあるんだけど見たい? あ、日生クン見る?」

「え、何の動画っすか」

「やめろ!」

自分の携帯を取り出し日生に見せようとした水島の腕を沢木が阻止する。それはもう、俺と沢木の関係をバラしたも同然なわけで、それを見た水島はゆっくりと口角を上げた。

「やっぱ千石さんと付き合ってんじゃん、アンタ。恋人の痴態は他の男に見られたくないってわけか」

「……」

何も答えようとしない沢木の腕を振り払い、水島は携帯を制服のポケットにしまい込む。空気を読めない日生が1人水島と沢木を交互に見ながらあたふたしていた。

「へ? あの、付き合ってるって、この人と千石さんが? でも2人共男っすよね?」

「そーそー、異常だよねぇ。気持ち悪いったらないよ、ほんと」

「ええっ、ちょマジっすか!?」

口をあんぐりと開けた日生にまじまじと凝視されても、沢木は何も言わなかった。どうしよう、やっぱり俺が出て行った方がいいだろうか。でも、沢木がうまくごまかしてくれるかもしれないし…。

「沢木サン、あんたさっきから黙ってるけど、まさか本気で千石さんのこと愛しちゃったりしてるわけ? あんたも千石さんも男なのに? だとしたら相当気持ち悪――」

「馬鹿なこと言うな! 男が好きだなんて、そんなことあるわけないだろ!」

「……!」

沢木の言葉がグサリと刺さり俺の胸をえぐる。不思議とあまり驚きはない。ただただ沢木の言葉がショックで、今すぐここから逃げ出してしまいたかった。でも身体は動かない。沢木の本心を目の当たりにしてしまった俺は、呆然と立ち尽くすしかなかった。

「へぇ、やっぱり。そうだと思ってたよ。あんたみたいなタイプの人間が男に入れ込むわけねぇもんな。――…だってさ、千石さん」

水島に名を呼ばれ、動かないと思っていた俺の肩が震える。なぜ、どうして奴はいま俺の名前なんか口にするんだろう。

「いるのはわかってんだからさっさと出てこいよ。千石さんってば、そこでずっと聞いてたんだろ?」

「せ、千石……?」

もう逃げ場を失ってしまった俺はありったけの勇気を振り絞って足を踏み出す。そこには今日一番嬉しそうな笑みを浮かべる水島と、愕然とする沢木の姿があった。


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あきゅろす。
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