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騒擾恋愛
岐路に立つ


俺はその後、母さんが帰ってきてからも1人悶々と悩み続けていた。風呂に入っているときも、夜ご飯を食べているときも頭の中は沢木のことだらけだ。普段は鈍い母さんもさすがにこの時ばかりは「どうかしたの?」と俺を心配してくれた。だがまさか男を好きになってしまって悩んでる、なんて言えるわけもなく。俺はてきとうにはぐらかし、夜ご飯の後そそくさと自室にこもって枕に顔をうずめた。

いくら俺が沢木に恋とも呼べる感情を抱いていたとしても、これまで俺は普通に女が好きだったんだし、今だって男の裸なんかよりも女の裸に欲情すると断言できる。要するに俺はホモになったわけではなく、好きになった相手がたまたま男だっただけで……ってそれ、ホモと一体何が違うんだろう。


人を好きになるのに男も女も関係ない。そいつの人柄に惚れてしまったんだ。だからそんなくだらないことでくよくよ悩んでんじゃねえ! というポジティブな自分と、いやいや男同士はさすがにありえねえだろ気持ち悪いぞ、というネガティブな自分が頭の中で激しい戦いを繰り広げている。そのたびに俺のメンタルは上がったり下がったりと忙しい。

「…沢木」

その名を口にするだけで、胸が締め付けられそうなほど苦しくなる。これが恋の痛みなのか。だとすれば俺は今まで本気で人を好きになったことなどなかった。だって、こんなにも胸が苦しくなったのは生まれて初めてだ。

俺が好きだといったら、沢木はどんな反応をするだろうか。男と男だ。しかもこんなにゴツい強面野郎。さすがの沢木も、これは受け入れられないに違いない。


「やっぱり、言えないよなぁ…」

沢木は俺の初恋の相手であるのと同時に、高校で初めてできた友達でもある。告白なんかしてみろ、一生友達には戻れない。つらい高校生活を送ることになるのはわかりきっている。…もう二度、沢木の名も呼べなくなる。

沢木瞬。いい名前だ。沢木にぴったりの綺麗で凛とした名前。今の俺はその名前を口にできるだけで、幸せだった。













翌日、なかなか寝付けなかった俺は高校に入学して初めての寝坊をしてしまった。とはいえ学校との距離が近いため急いで準備すれば遅刻することはない。俺は制服に素早く着替え、朝食抜きで学校へと走った。
途中で通学中の生徒を見つけ、遅刻の心配がないことに気がつく。いつもは静閑としている校舎は賑わっていて、俺はたくさんの生徒達と一緒に校門をくぐった。こんなに人がたくさんいる時間に登校したのは初めてだ。
昇降口でも廊下でも、周囲の視線を感じた。いつもの俺はまだ誰もいない時間に登校して、授業が始まるまで屋上や校舎裏で時間をつぶしているため、あまり朝から姿を見せることはないせいだろう。


「うそっ、沢木くんが? それ本気で言ってる?」

「だって見た子がいるって!」

階段を登りきり自分のクラスに入ろうとしたそのとき、ドア口にいた女子の会話に反応し足を止めてしまう。俺の耳が沢木を想うあまりやられていなければ、この女子、いま沢木といったか。

「じゃあ藤城さんって、ほんとに沢木くんに告ったんだ」

「早すぎでしょー。この前アド交換したばっかじゃん」

ここで立ち止まっていれば嫌でも耳に入ってくる女子の噂話。幸い彼女達は俺に気がつくことなくおしゃべりを続ける。その内容によれば、どうやら昨日俺が見た手紙は正真正銘のラブレターだったらしい。じゃあ、あのとき沢木に手紙を渡していた派手目の女子が藤城という名前なのか。

「ほら、あれ見て!」

ひとりの女子が興奮気味に指差した方向へ俺も視線を向ける。そこには笑顔の沢木と、嬉しそうに彼と話す藤城の姿があり、彼女の手は沢木の腕をぎゅっとつかんでいた。

「わ、ほんとだ…」

「ショックー…」

俺にとってはショックどころの話ではない。息が止まりそうになるほどの衝撃だ。見てはいけないとわかっているのに、楽しそうに笑い合う2人から目が離せない。現実を見せつけられ、なかったことにしようとしていたはずの想いにどんどん傷がついていく。

「てか沢木くんってああいうのがタイプだったんだ。なんか意外」

「だよね! 藤城さん可愛いけど沢木くんとは雰囲気違うし、付き合うとは思わなかった」

朝の騒がしい廊下の中で彼女達の会話だけが俺の耳に届く。昨日の朝、あの2人を見かけたときとはまるで違う感情がじわじわと俺の中に染み込んでくる。

ああ、沢木はあの女の告白を受け入れて付き合うことにしたのか。沢木はもうあの女のモノなのか。…認めたくない。だって俺の方が、あの女の何倍もアイツのことを好きなはずなのに。


「沢木…」

きっと俺がどんなにアイツを好きでいたとしても関係ない。俺が1人でアイツを密かに想っているだけでは何の意味もない。

恋を自覚した次の日、俺の失恋はあっけなく決まってしまった。


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あきゅろす。
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