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騒擾恋愛
002



藤城との会話を終えたらしい沢木が彼女に手を振り、教室へと戻ってくる。それを見た女子達は噂話をやめ、逃げるように教室の中に入ってしまった。俺はといえば、その場に立ち尽くし動くことができなかった。

「あ、千石。おはよう、今日は遅いんだな」

俺に気がついた沢木はいつもの笑顔で挨拶してくる。俺は先ほど見た光景で受けたショックで陽気に返事を返す気にはなれなかった。

「昨日はありがとう。千石のおかげで助かった。うちの親が……千石?」

「えっ」

「どうした? なんか上の空だけど」

「いや、別になんでもないよ」

「そうかぁ? ならいいけどさ。ここ邪魔になるし、早く入ろう」

すっと俺の横を通り過ぎて教室に足を踏み入れようとする沢木。色々な感情が抑えられなくなった俺は無意識のうちに彼の腕を掴んでしまった。


「……少し、いいか」

「えっ、いいけど、千石どうかし…わっ」

俺は沢木の腕を掴んで階段の端まで引きずっていく。自分のどこにそこまでの行動力があったのかはわからないが、このときの俺は嫉妬でどうかしていたのだと思う。

「沢木、お前さっきの女子と付き合ってるのか」

俺はありったけの勇気を振りに振り絞って沢木に尋ねる。けれどきょとんとする沢木から返ってきたのは意外な言葉だった。

「さっきの女子って…藤城さんのこと? 付き合ってないよ」

「えっ」

本来なら喜ぶべきなのだろうが、沢木のあけすけな物言いに俺の思考がついていかない。つい目の前の沢木の顔をまじまじと見つめてしまった。

「でも、藤城ってやつとさっき一緒にいただろ。告白されたんじゃないのか」

「へ、なんで千石が知ってんの?」

「それは…さっき、クラスの女子達が噂してたから」

「ほんとに? すごいな、なんでそんなすぐに出回ってんだろ。告白はされたけど、断ったんだ」

「ええっ」

にしては仲良さげだったけど! …沢木も藤城も気まずくなったりしないタイプなのだろうか。俺にはよくわからない感覚だ。
考えていることが顔に出ていたらしく、沢木は少し恥ずかしそうに答えてくれた。

「俺、まだ藤城さんのことよく知らなかったから断った。そしたら『だったらもっと仲良くなろう』って言われて、友達に戻ったんだ」

「へ、へぇ…」

それって俗に言う友達から始めましょうってやつじゃないのか。沢木はそんな気なくても向こうは付き合ってる気満々ってこともあり得るぞ。

「じゃあ、沢木はもっと仲良くなったらその藤城って奴と付き合うのか?」

「そんなの相手を好きになるかどうかが問題だろ。でも彼女スキンシップが激しいから、傍目には付き合ってるように見えるのかな」

「え? …ああ、かもな」

先ほどまで沢木の腕にひっついていた藤城の姿を思い出す。あれはまるで沢木は自分の所有物だと言わんばかりの腕の絡ませ方だった。彼女は何が何でも沢木を諦める気はないらしい。

「俺、ほんとはあんまり触られたりするの好きじゃないんだ。次から藤城さんに言った方がいいよな。嫌がったら傷つけるかなと思って、何も言えなかったんだけど…」

その瞬間、俺はまだ沢木の腕をつかんだままだったことに気づき、すぐさま自分の手を放し後ずさった。そんな俺を見て、沢木は堅くなっていた表情を一気に崩し可笑しそうに笑った。

「千石ならいいよ。俺なんかでよければ、いくらでもさわってくれ」

そう言ってわざわざ俺の腕を引き寄せ、元の位置に戻す沢木。手に彼の体温が伝わってきて俺は天にも昇る気持ちだった。
やっぱり、俺は沢木が好きだ。他の奴になんかとられたくない。沢木が誰かのものになる様を指をくわえて見ているぐらいなら、いっそ──


「沢木」

「ん?」

「今日の放課後、教室に残っててほしい」

俺の唐突なお願いに沢木は首を傾げる。決心が揺らがぬよう、俺は彼の目をまっすぐ見据えていた。

「教室って、なんで?」

「大事な話があるんだ。2人きりで話したい」

「……うん? わかった。今日は予定ないし、いいよ」

一時の感情に身を任せることは危険だと、重々承知していた。けれど今行動を起こさなければ、俺はきっとネガティブな自分に説得されて沢木を諦めてしまう。彼のたくさんの友人の1人として、彼が誰かを好きになっていくところをただ見守るしかなくなってしまう。そんなのは嫌だ。だって俺は、友達が欲しいんじゃない。沢木が欲しいんだ。


もう後戻りはできない。結果がどうであろうと、俺は沢木に告白する。どちらにせよ沢木との友情は壊れてしまうだろうが、すでに心を決めた今の俺を止められるものは何もなかった。


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