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神様とその子供たち
003


殆ど裸に近い格好で担がれながら廊下を走られると恥ずかしい、と思う間もなく僕はまたしても浴場に連れてきてもらっていた。センリはとても足が早い。人狼としては運動神経がない方だというのだから驚きだ。

「怪我は? 痛いところは?」

「な、ないです……うわっ!」

「はい濡れますよー」

センリに温かいシャワーを頭からかけられる。あの男の体液がまだついていて気持ち悪かったので洗ってもらえて嬉しいが、心臓の激しい鼓動は鳴りやまない。

「僕は着替えを用意してくるので、身体を洗ってお湯につかっていてください」

センリが僕から手を離そうとするので慌てて強く掴みすがりついた。

「嫌だ、行かないでセンリさん…」

今はどうしても一人になりたくない。こんなところに一人残されたら先ほどの事がすぐにでも甦って頭がおかしくなりそうだ。

「……もう大丈夫です。安心してください」

そう優しく諭しながら服が濡れるのも構わず僕を抱き締めてくれる。彼の優しさに甘えて半泣きになりながらしがみついていた。しばらくそうしていたが、おもむろにセンリの手が僕の頬に触れ上を向かされる。彼と目が合い、その美しさにみとれて目がそらせなくなる。キスできそうなくらいの距離だ、と思ったと同時に唇が触れた。

「んっ……?!」

舌が口の中に入り込み、慌ててセンリの手をほどこうとしたがびくともしない。中を味わうように舐められ無意味に手をばたつかせていると、彼の方が僕から離れ、方向転換する。そしてそのまま水風呂の方に向かい躊躇うことなく沈んでいった。

「センリさん!?」

沈んだまままったく浮かんでこないセンリに唖然とする。溺れてないか確認に行くべきかと思った時、無表情の彼が顔を出した。水も滴るいい男が険しい顔をして戻ってくる。

「……すみません、自分は性欲がなくなったとばかり思ってたんですが。あー、少し若い頃を思い出してしまいました」

「??」

「でもご心配なく、もう大丈夫です。暴走する前に鎮めましたから。僕はハレのようにはなりません。貴方をこんなところでいきなり抱いたりしませんよ」

「だ……っ」

抱くという言葉に思わず真っ赤になる。まさか彼が僕にこんなことをするなんて思わなかった。けれどこれ以上は何もしてくる気はなさそうなので、余計なことは言わずにおいた。人狼は僕が思っている以上に我慢しているのかもしれない。

「でも困ったな……僕も服がびしょ濡れですね。着替えは誰かに運ばせます」

センリは脱衣場に戻り、電話で自分と僕の分の服を頼んでいた。戻ってきた時には濡れた服は脱いで全裸だった。
 
「制服が届くまで少し温まっていてください。あ、もう僕に裸で抱きついたりしないでくださいね。我慢できないので」

「は、はい……」

こうして二人で広い浴槽につかる。以前にも一度こんな事があった。あの時も僕が襲われかけた後だった。

「怖がらなくても大丈夫ですよ。僕はもう冷静ですし、アガタはイチ様が相手してますから、ここには来ません。もうあなたにも会わせません。怖い思いをさせてしまって、すみませんでした」

「いえそんな、僕の事はいいんです、あの、イチ様は大丈夫なんでしょうか」

「イチ様?」

アガタはイチ様相手でも闘う気満々だった。偉い人だから手加減する、なんてまともな思考は彼にはないかもしれない。

「アガタは一群で一番強いんですよね。イチ様は争い事が嫌いなのに、もし怪我させられたら…」

「はっはっはっ」

「?」

突然豪快に笑いだすセンリに顔をしかめる。笑いすぎで彼の耳の先からしずくがポタポタと落ちていた。

「カナタさんって、イチ様の事何も知らないんですね。嫌いだからと言って戦えないわけではありません」

何も知らない、と言われて確かにそうかもしれないと思った。少なくとも僕は今のイチ様しか知らない。
センリは自分の耳に触れながら話を続けた。

「僕たち人狼は狼の遺伝子が濃ければ濃いほど強いんですが、狼率50%をこえる人狼はハイパーセントと呼ばれていて、それを名乗れるのはロウ様とイチ様だけです。まあ、ゼロも調べたら余裕でハイパーセントの人狼でしょうけどね」

「あっ、そうだゼロは!? ゼロが一緒にいたんです! 探しにいかなきゃ……」

「カナタさん落ち着いて、大丈夫ですから」

あの部屋にいなかったから無事だとは思うが、きっと今怖い思いをしているに違いない。今すぐ安心させてあげたいと立ち上がった僕を、センリは再びお湯の中に戻させる。

「というか、ゼロが僕らのところに来たんですよ。あなたが襲われてるから、助けてほしいって。イチ様がすぐに飛び出していったので、僕は追いかけるのが大変でした」

「そ、そうなんですか? ゼロが……僕のために……」

逃げてくれるだけで十分だったのに、まさか助けを呼んでくれたとは。感極まって今にも泣いてしまいそうだ。

「イチ様の部屋であなたを待ってるでしょうから、ここを出たら迎えに行きましょう。えーと…何の話だったかな。そうそう、イチ様の話でしたね。僕ら人狼は耳や牙が大きいほど狼に近く、戦闘力も高いと言われてるんです。でもイチ様ってほら、耳がとても小さいでしょう? それで戦えない人狼だって勘違いする方もいるんですけど、イチ様は戦争中誰よりも前線に出て戦ってました。でも戦車とか戦闘機相手に突っ込んでいくものだから、敵の攻撃で耳が吹っ飛んでしまったらしくて」

「ええっ!?」

衝撃の事実に思わず叫んでしまう。ショックを受ける僕とは対照的にセンリは事も無げに話し続けた。

「昔は大きな耳がついてたらしいですよ。でも伝説というか、言い伝えレベルの話なので真偽はわかりませんが。誰も本人にきけなくって。写真があるわけでもないですし」

本人がいるのにずいぶんいい加減な話だとも思ったが、彼の年齢を考えると仕方ないのかもしれない。それに僕だって本人に確かめる気にはなれない。センリは自分の事のように誇らしげに話した。

「ですからイチ様の一番の得意技は、力で相手を屈服させることです。今は滅多に使われなくなった特技ですが。あの方と勝負になるのは一群ではアガタくらいですけど、勝つのはまず無理でしょうね」


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