神様とその子供たち
004
その後届けてもらった服を着て、二人でゼロを迎えにイチ様の部屋へ向かった。センリからは念のため医者に診てもらった方がいいと言われたが、怪我になる前に助けてもらえたし恥ずかしい場所なのでお断りした。
「ゼロ!」
「キャン!」
僕が名前を呼ぶと尻尾を振って飛び付いてくる。そのふわふわの身体をもみくちゃになるほど撫で回した。
「ゼロ〜〜ゼロが呼びに行ってくれたんだってな〜。おかげで助かったよ〜。お前はいい子だな〜〜〜!」
何度もキスをする僕と顔をペロペロ舐めてくるゼロ。されるがままになっていた僕を後ろから無言で見守っていたセンリだが、しびれを切らして声をかけてきた。
「ではお二人はこのまま自室にお戻り下さい。僕はイチ様のところへ戻りますので」
「えっ、あの、イチ様大丈夫でしょうか……」
「いや〜それよりアガタの心配した方がいいと思いますよ。カナタさん、今日はもうゼロと一緒に休んでいてもらっていいですから」
そう言って部屋を出ていってしまったセンリをすぐに追いかけたが、廊下に彼の姿はなかった。僕は仕方なく言われた通り、ゼロと一緒に部屋へと戻った。
その後は何の連絡もなく、イチ様に会えたのは深夜1時を過ぎてからだった。ゼロはすでに眠りについていたが、なかなか戻らない彼が心配で僕の目は冴え、どうしても眠ることはできなかった。物音がしたので飛び起きて出迎えると顔にガーゼを貼ったイチ様の姿が見えた。
「怪我したんですか!?」
センリは大丈夫って言ったのに! と理不尽な怒りが芽生えそうになったが、当の本人はいたって平気そうだった。今度はイチ様を傷つけたアガタへの怒りがふつふつと湧いてくる。
「たいしたことはない」
「顔に傷なんて、たいしたことですよ! 僕のせいでごめんなさ……っ」
巻き込んでしまったことを詫びようとしたが、イチ様にその場で抱き締められ言葉を失う。
「謝るのはこちらの方だ。君をあんな目にあわせてしまって本当にすまない」
「そんなのイチ様のせいじゃ……」
彼に逆に謝られてしまって申し訳なくなったが、同時に僕が先ほど謝ったことで彼にも同じ思いをさせてしまっていたことに気がついた。悪いのはアガタで、僕もイチ様もただの被害者だ。ならば彼に言うことは一つしかない。
「助けて下さって、ありがとうございます。イチ様が来てくださって本当に良かった……」
ぎゅっと抱き締め返すとイチ様は普段より険しい顔をして僕から身体を離した。馴れ馴れしくしすぎたかと焦っていると、目を伏せながら彼が言った。
「話がある。座ってくれないか」
「? はい……」
一体何だろうと思いつつ、部屋の長椅子に言われるがまま座る。イチ様が少し距離をあけて座り横に並ぶ形になった。
「まず改めて謝らせてくれ。アガタがしたことは私の責任だ。怖がらせてしまって本当にすまない」
「いえ、そんな……」
「そしてもう一つ、……今夜から、君と寝所を共にするのはやめたい」
「……!?」
突然の言葉にショックを受ける。なぜ? と僕が尋ねる前に彼は間髪いれず頭を下げた。
「私は、カナタが眠っている時に……身体に触れてしまった」
「え?」
「唇にも触れた。許可なく口づけてしまった。私はアガタと同罪だ」
イチ様の告白に意味がわからず口を半開きにさせたまま愕然とする。たっぷり十秒はそのままだったが、ずっと僕を悩ませていた夢と繋がって思わず立ち上がって叫んだ。
「夢じゃなかった…!」
「……ゆめ?」
「僕、あなたとキスする夢を何回も何回もみるから、混乱して…ずっと悩んでたんですよ! もっと早くおしえてください!」
あの夢は僕が欲求不満だからでもイチ様の事をそんな風に見ていたからでもなく、現実だったからか。あまりに悩みすぎて胃痛を感じていたのでつい大声を出してしまう。けれど今日までずっと悩んでいたことが解決して肩の荷が下りたようだ。
「まさか、カナタが気づいていたとは……。つらい思いをさせてすまなかった」
「いえ、そんな謝られることではないので。……って、そもそも何でイチ様は僕にそんなことを……」
それが一番の謎だ。彼がなぜ僕を触ったりキスしたりするのかがまったく理解できない。僕にそう問いかけられたイチ様は死んだ目をしていた。
「私が、自分を律しきれなくて」
「……は、はあ」
ずいぶん間抜けな返事をしてしまった。イチ様がずっと僕に頭を下げ続けている。この国の偉い人相手に、痴漢の加害者と警察みたいになっているこの状況は一体何なのか。
「アガタに襲われる君を…君の怯える顔を見て、心の底から反省した。私は自分の欲望を優先して、自分の事ばかり考えていた。バレなければいいなんて私を信じてくれている君への裏切りだ。いや、15歳の子に手を出してしまったただの犯罪者だ」
「……あの、そんなにご自分を責めないでください。僕は大丈夫ですから」
頭を床にこすりつけんばかりに謝ろうとするイチ様を慌てて止める。確かに事実だけを見るとよくないことをしているのだろうが、不思議なくらい僕に不快感がないので責める気にもなれない。
「雇い主としても最低な事だ。君の立場を考えたら私を罵倒することも、ここから逃げることも簡単ではないのに」
確かにイチ様がそんなことをするとは夢にも思わなかった。しかしあのセンリも一瞬血迷ってしまったくらいなのだから、人狼の禁欲はよほど大変なのだろう。僕みたいな体型は女子にしか見えないと言われたし、魔が差してもおかしくない……のか?
「私に嫌気がさしただろうが、どうかゼロの世話係はやめないでくれないか。私を訴えるというならそれも致し方ないが、ゼロはとてもカナタになついている。私はなるべく君と会わないようにするから……」
「待って待って! そんなの必要ないです!」
イチ様の言葉に僕は彼の手をとり慌てて引き止める。今の話を聞いても僕はイチ様に対して何一つ怒りも恐怖もないのだ。それで僕にもう近づかないと言われても納得できるはずがない。
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