神様とその子供たち
004※
以前よりも夜が嫌いではなくなった。そんなある日の夜、深い眠りから目が覚めたのは僕に触れる手の感触だった。誰かが僕の身体に触れている。イチ様のように僕を抱き締めて守るような触り方ではない。誰かが何らかの意図を持って触れている。一番先に思い当たったのはハレだ。ハレが自分を見失ったとき、僕を女のように扱ってきた。あの時と同じように、女性を抱く時のように身体のあらゆるところをさわられ、下着の中に手を入れられる。直接的な刺激とその動きに下半身が熱を持ち始めた。
「あ……っ」
思わず声が出て慌てて閉じようとした口を無理やりこじ開けキスをされる。こんなことをしてはいけないとわかっているのに、身体が動かない。相手の顔はハレだったはずなのに、いつの間にかナナになっていた。ハレよりもさらに大きくたくましい身体に乗っかられては何もできない。やめてくれと叫ぼうとしても口は塞がれ声は出ず、金縛りにあったかのように身体は硬直していた。こっちが無抵抗なのでナナはさらに大胆に身体をまさぐってくる。敏感な部分を触られるたび身体がびくっと跳ねて身がこわばる。感じているような声が出そうになり必死で唇を結んだ。恐怖で目を閉じていたが、薄目を開けると僕に触れていたのはナナではなくイチ様になっていた。その瞬間嘘みたいに恐怖はなくなり、抵抗する気もなくなった。僕の事は彼のしたいようにすればいい、きっと僕を傷つけるようなことはしないはずだ。そんな風に思い身を投げ出していると、イチ様の唇が僕の口を塞ぎキスをされてしまった。ナナにされていた時は嫌だったのに、なぜかそのまま目を閉じてしまう。こんなこと、イチ様が僕にするはずがないのに、疑問も持たず受け入れてしまっている。
なんだ、これは夢か。
そう気づいた瞬間僕は一瞬で覚醒して飛び起きた。朝の光が差し込み、すぐ隣ではゼロとイチ様がすやすやと眠っている。
「なんでこんな……嘘だろ…」
シーツをめくるとしっかり元気になっている僕の下半身が嫌でも目に入る。朝勃ちは初めてではないが、エロい夢をみてその相手が男だったことなど勿論今まで一度もない。間違っても男を恋愛対象としてみたこともない。
イチ様は僕の雇い主だ。いくら寝所を共にしていてもそんな対象ではない。彼がどんなに僕を可愛がってくれたとしても、それは庇護するべき弱い存在としてだ。ゼロと同じように息子のように思ってくれることがあったとしても、恋人のように扱ってくれることなどないだろう。それなのに、僕はイチ様を保護者ではなく性的対象としてみているのだろうか。そんなのとても信じられない。
「おかしい……こんなの…」
あまり女子には興味を持たなかったのも勉強の妨げになるからであって、男が好きなわけではなかった。男ばかりのクラスメートの中、着替えを見ても大浴場に入ったときもおかしな気分になったこともない。そもそも興味がないのだ。あんな夢を見てもまだ相手がハレやナナだけなら、数々のトラウマが原因だろうと思えるのだが最後に出てきたのはこういったことにいちばん無縁なイチ様だ。
「どうした…?」
一人騒ぎすぎたせいでイチ様が目を覚ましてしまった。元気になった息子を見て呆然となる僕を見てしまった彼は顔を伏せて謝った。
「あ……すまないカナタ。だがそれは生理現象の一つだ。なんら驚くことも、恥ずかしがることもない」
「うわ、いやっ、すみませんっ。朝から見苦しいものを」
僕は慌ててトイレへと駆け込む。気を使ってくれたイチ様には申し訳ないが今はとても顔をあわせられない。落ち込んだ僕はそのまましばらくそこから出ることができなかった。
その日はそのまま仕事をしていたものの今朝の夢が忘れられず悶々としていた。あれは何かの間違いだと思うようにしたが、夢は願望の表れともきく。今まで好きな女子がいなかったのも本当は男が好きだからなのかもしれない。
落ち込んでいる僕に気づいたのか、厨房係のヒワという女性の人狼が試作品だと言ってケーキをくれた。ここの人狼はみなとても優しい。人狼が人間を嫌って見下しているなどという世間の話がまるで嘘のようだ。
少し気分が浮上した僕はケーキを持ってハレのところへ向かった。携帯で連絡を取ると中庭にいるというのでゼロと共に向かう。今ではゼロはリードがなくとも僕の後をついてくるようになっていた。
「ハレ、いま大丈夫?」
中庭の木陰に座っていたハレに後ろから声をかけると、特に驚いた様子もなく手を振ってくる。人狼は耳がいいので僕の足音が聞こえていたのだろう。
「大丈夫。俺の仕事ってやることさえやればあとは自由だから」
「ここ座ってもいい?」
「ああ。てかいい匂いさせてるけど、何持ってんの」
僕がハレの横に座るとゼロも僕の横に座る。ゆらゆらと尻尾を振っている落ち着かない様子だ。
「これさっき、ヒワさんからもらったんだ。だから一緒に食べようと思って持ってきた」
「俺と? やったー!」
子供みたいに目をキラキラさせたハレは、さらに尻尾をぶんぶんと振って喜んだ。それがまるでゼロと同じ反応なので思わず笑ってしまう。
「な、なんだよ」
「だって、喜び方がゼロと一緒で…尻尾振りすぎ…」
くすくす笑う僕を見てむすっとする。こんな子供っぽいし仕草を見ると自分と同年代なんだとわかって安心する。
「しょーがないだろ、尻尾は感情がすぐ出るんだよ」
「そうなの? でもセンリさんもイチ様も、そんなに尻尾で感情表現してないような…」
「大人は制御できるから! 俺はまだ油断すると反応しちゃって……あああっ、もういいからケーキくれ!」
ケーキを半分こしてハレと分けあう。ゼロにあげていいかはわからなかったので、おあずけだというとしょんぼりと項垂れていた。あとで好物のお菓子をあげることにしよう。
「にしても何でお前だけケーキ貰えるんだよ〜〜。一番年下だからって可愛がられすぎじゃねぇの」
「多分、僕があんまり暗い顔してたから気を使ってくれただけかと」
「なに? 何かあったの」
特に何もない。それなのに、あんな夢を見てしまったのが問題なのだ。
「あの、例えばの話なんだけど、もし今まで恋愛対象じゃなかった相手から……その、キスされる夢をみたら、その人の事好きってことなのかな」
「ああ? 何だそれ」
「参考までにききたくて」
ハレに訊ねてどんな答えを求めているのか自分でもわからないが、このまま一人で悩み続けるのはつらい。
「そんな夢をみた理由なんかより、大事なことがあるだろ。夢の中でキスされて、お前嫌だったのかよ」
「嫌……ではなかったけど」
「だったら少なくとも恋愛対象にはできるってことだろ。で、何? 夢で誰にキスされたんだ? 黙ってないで白状しろ」
ハレに詰め寄られたが、最早彼の声は届かなかった。僕はイチ様を恋愛対象にできる。それは僕にとって衝撃の事実だった。
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