神様とその子供たち
003
それから僕たちはいつも通り三人で眠った。その時イチ様は少しだけ弟の話をしてくれた。彼はいつになく饒舌だった。
「離れて暮らすようになっても、ロクは私をずっと心配していた。私が一人でばかりいるから寂しいと思ったんだろう。センリが秘書になるまではよくここに来ていた。忙しいのに時間を見つけては顔を出して、それでよく家族に怒られていたんだ」
イチ様の顔にわずかだが笑みがこぼれ僕もつられて笑顔になってしまう。彼はそんな僕の手を握り、小さく呟いた。
「……眠りたくない。目が覚めたら、またロクが死んだことを受け入れられなくなる」
朝起きるたび、あれは悪い夢だったのか、夢だったらいいのにと僕も何度も思った。薄明かりの中、イチ様の瞳から涙が流れるのを見て胸が潰れそうな思いがした。
ずっと両親と引き離され、見知らぬ土地で暮らす不安と寂しさに苦しんで泣いてばかりだった。それでも今だけは、イチ様のことだけを考えて僕は泣いていた。彼の悲しみが少しでも早く癒えて欲しい。イチ様の幸せだけをひたすら願っていた。
しばらくしてイチ様の小さな寝息聞こえ、彼が眠ったことがわかり僕も安心して目を閉じた。
朝、目覚めたとき目の前にはイチ様の寝顔があった。時計を確認するといつもならとっくに彼は目覚めている時間だ。連日の寝不足のせいでまだ夢の中なのだろう。
僕とイチ様の手はまだしっかりと握りしめられたままでついその手に力をこめてしまい、あっと思った時にはイチ様の瞼がふるえて瞳がゆっくりと開いた。
「おはようございます。すみません、起こしてしまって」
「……」
イチ様の瞼が腫れている。多分僕の瞼も重いので腫れているのだと思う。昨日はつられてたくさん泣きすぎてしまった。まだ眠り続けるゼロに気をつかいながら起き上がろうとイチ様の手を離そうとした時、強く掴まれてしまった。
「イチ様?」
「おはよう。……嫌な朝だ」
「そうですね」
「今日はこのまま、ずっとこうしていたい。誰とも会いたくない」
「センリさんに話しましょうか」
「……いいや、言ってみただけだ。……仕事をしていた方がマシだろう」
イチ様が悲しそうな笑みを浮かべて身体を起こす。ようやく離れた手に一抹の寂しさを感じながら、僕も起き上がった。
「ありがとう、カナタ。昨日はみっともない姿を見せてしまった」
「みっともなくなんかないです。ずっと耐えられてたじゃないですか。きっと僕には…できません」
「……いや、ただ現実を受け止めるのに時間がかかっただけだ」
乱れた着衣をととのえ、立ち上がり目頭やこめかみを押さえる。再び僕の方を見たとき、イチ様はいつもの一貴の彼に戻っていた。背筋はちゃんとのび、瞼も腫れてはいない。
「今夜もここで寝てもいいですか」
「いいもなにも、カナタの寝所はここだろう」
「はい。ありがとうございます」
「カナタの準備ができたらセンリを呼んできてくれないか。心配してるはずだから」
イチ様の笑顔につられて僕も笑ってしまう。ふと、いつもの無口で無表情な姿は彼の素ではないのではないのかもしれないと思った。たくさん話をして色んな表情を見せてくれた、さっきまでの彼がイチ様の本当の姿ではないだろうか。だとすればなぜ彼はいつも自分を隠しているのだろう。
僕は着替えのためクローゼットに向かうのイチ様の後ろ姿を見つめながら、ずっとそのことを考えていた。
その日から、イチ様は仕事中はもちろんのことプライベートでも取り乱すことなく毅然としていた。僕の何倍も生きている人生経験豊富な大人なのだから当然と言えば当然となのかもしれないが、あれからまだ一ヶ月もたっていないのだ。平気なはずがない。毎晩泣いていた自分が情けなくなるほどにイチ様は強い人だった。
相変わらず夜は3人並んで眠っている。いつも真ん中にゼロがいるが、ゼロの寝相が悪いのかそれとも僕が原因なのかたまに僕の足元にいたり頭の上にいたりと朝起きたらゼロの姿を探すところから始めなければならなかった。
イチ様が横にいてくれるようになってからは泣くことも殆どなくなったが、たまになかなか寝付けない時に家族を思い出しそうになると、必ずイチ様がその気配に気づいて抱き締めてくれた。こちらも感づかれないようにしているのに、この察しの良さは人狼だからなのかイチ様だからなのか。前の暮らしでは家族に依存していた僕は、今ではイチ様に依存しそうになっている。それがよくないことだとわかっていても、いまの僕は彼を心の拠り所にするしかなかった。
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