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神様とその子供たち
005


彼の姿が消えて、僕はようやくまともに息ができた。何度か深呼吸して冷静になると濡れた服が肌に貼り付いて気持ち悪くなってくる。

「カナタさん、大丈夫ですか」

「はい。…つねられたとこが一番痛いですが」

「ははっ。すみません、でも助かりました。ありがとうございます」

「……礼を言われるようなことは、何も」

僕はアガタに吹っ飛ばされただけだ。今は平気だが後から痛みが出そうな気がする。センリは僕に手を差し出し、立ち上がらせてくれた。

「いやいや、あれは本当に困ってたんです。あの男は自身の持つ威圧感や声だけで相手を硬直させるのが得意で……。気を付けていたんですが完全に操られてましたね。カナタさんに助けてもらえなければ指一本動かせませんでした」

自分の指をバラバラに動かしながら確かめるような仕草をする。確かにあの時のセンリの様子は明らかにおかしかったが、今は正常に戻っているようなので良かった。
センリは花瓶を元に戻し、無線で使用人に片付けを頼む。そして僕の濡れた服に触れ顔をしかめた。

「濡れてしまいましたね。風邪を引くといけませんし……そうだ、カナタさんはここの大浴場を使ったことはありますか?」

「? いえ、いつも部屋の風呂を使ってますが」

「では一度どうですか。使用人専用の宿舎にあります。この時間なら間違いなく貸し切りですよ」

いつもの風呂場に不満があるわけではないが、大浴場というのは興味がある。しかも貸し切りとは。

「僕が使ってもいいんですか?」

「もちろん。あなたの部屋からは少し離れてるので不便ですが、いつでも使っていただいてかまいませんよ」

行きましょう、とセンリに背中を優しく押されて促される。先程のアガタとのやりとり、色々と気にかかることはあったが何も言わない方がいいとだろうと決め、僕は彼の横についていった。



ここで働く人狼達の住む宿舎は、イチ様の屋敷の真横に建っている。お屋敷にもひけをとらないとても立派な建物だ。ここで僕とセンリ以外の使用人が暮らしているらしい。センリは何かあったときにすぐ動けるように、イチ様の私室のすぐ側に部屋が用意されているといっていた。

「ここです」

センリに促され入ったそこは、まさに温泉の脱衣場だった。このような洋館で温泉に入れるかと思うと少しだけワクワクする。脱衣場がこれだけ広ければ、きっと浴場はもっと広いだろう。

「わかっていると思いますが奥は女性用なので間違って入らないように。タオルはそこに、服はロッカーに入れて下さい。僕はあなたの着替えを取ってきますので、遠慮なくどうぞ」

「そんな、センリさんに持ってきてもらうなんて」

「濡れた格好でフラフラ歩かれて風邪をひかれた方が迷惑ですので。では」

言うだけ言ってさっさと歩いていってしまうので、僕は仕方なく濡れた服を脱いだ。高そうなスーツを濡らしてしまって申し訳なくなる。先程のアガタという男の事を思い出して、だんだんと怖くなってきた。もう一度会うようなことがあればその時はどうすればいいのか。なんとかゼロと遭遇する事だけはさけなければならないのに、自分がこんなに怖がっていてはいざという時何もできない。

「!」

ベルトに外そうとしていたまさにその時、大浴場へ続く扉が開く。まさか中に誰かがいたとは思わなかった僕は大袈裟なくらいに動揺してしまった。

「お前、何でここに…っ」

「ハ、ハレさん?」

全裸の彼が僕を見てこちらに負けないくらい驚いている。僕の方はといえば彼の筋肉質な引き締まった身体に一瞬見とれてしまったが、すぐに顔をそらし謝った。

「すみません、センリさんにここを使っていいと言われたので…!」

「はあ? 何でよりによって……」

ハレは苛立ちを隠そうともせずこちらに向かってくる。なぜ近づいてくるのかと焦っていたら、どうやら僕のすぐ横のロッカーを使っていたらしい。気まずいのでさっさと浴場の方に行こうと下着に手をかけると、ハレの耳と尻尾がぴんと立った。

「何で脱ぐんだよ!」

「えっ、入っちゃダメなんですか!?」

彼には当初から煙たがられていたが、なぜここまで僕の事を嫌うのだろう。僕というよりは、単純に人間が嫌なだけなのだろうか。

「ごめんなさいハレさん、今日だけ許してください」

センリさんにも言われているし、着るものもないので出ていくわけにもいかない。とにかく彼の視界から消えようと焦って下着を脱いだ瞬間、腕を引っ張られて床に倒された。

「うわっ! えっ…なに…!?」

「くそっ……何で……」

転がされた僕の上に跨がるハレの目は血走っていて、息づかいも荒くいつもの様子と明らかに違う。僕は訳がわからず、横にされたまま身体を竦めることしかできなかった。


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あきゅろす。
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