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神様とその子供たち
004


イチ様の屋敷は、廊下にも絵画や高そうな壺などが並んでいてちょっとした美術館みたいだ。どれも僕にはよくわからないが価値のあるものなのだろう。それをちらちら眺めながらしばらくセンリと並んで歩いていると、彼の耳がぴくぴくと動き足が止まった。

「どうしたんですか」

「……緊急連絡が入りました。この屋敷に侵入者がいます」

「えっ、侵入者?」

「きっとアガタですよ。こんなに簡単にここに入れる人狼は彼しかいません」

「アガタって、ゼロがトラウマになってるっていうあの?」

以前聞いたのは、ゼロを虐待していた父親によく似ているという話だった。似ているのは仕方ないことだが、ゼロのために会わせるわけにはいかない。

「いま彼はどこに?」

「わかりません。カナタさん、あなたはゼロと一緒に安全な場所へ向かってもらいます」

「よーお、何やってんだセンリ」

「!」

今の今まで、目の前には誰もいなかった。しかし僕達の前に道を塞ぐようにしてその男は突然現れた。
身長は高く、イチ様と同じくらいかそれ以上。僕が今まで見た人狼の中で誰よりも大柄だ。男でも美しいという言葉がぴったりの人狼達の中で、彼の色黒の肌と無精髭は誰よりも男らしさだけをアピールしているようだった。
しかし、なぜか彼は海パン姿でまともな服を着ておらず髪は濡れている。まるで今まさに海水浴場から帰ってきたような格好だ。そのおかげで屈強な肉体が嫌と言うほど目についた。

「どうして半裸…?」

「泳いできたんでしょう。キャビーに乗る許可を出してないので」

「え、まさかあの湖を!?」

この家にたどり着くまで入り口からかなりの距離がある。歩いていくのだって大変そうなのに、本当に泳いだのだろうか。

「アガタ様、また不法侵入ですか」

「お前らが俺様を門前払いにしようとするからだろ」

「用事もなくアポなしで来られると迷惑です。残念ですが今日もロウ様はいません。お帰りください」

「はっ、何で俺がお前のいうことなんかきかなきゃなんねぇんだよ」

アガタのダミ声が脅すような口調になり、僕の体は固まってしまう。相手が近づいてくるのでセンリが僕を庇うように間に立ってくれた。

「で、何だよそいつ。何でここに人間が」

「彼はうちが正式に雇った子です」

「よくロウ様が許したな。いや、許してねぇから最近ここに来ないのか?」

「それはあなたには関係ないことです。とにかく、お帰りください」

アガタは舌打ちするとセンリの胸ぐらを掴みあげる。もう少してセンリの足が浮きそうで、あまりのことに僕はもう少しで声をあげるところだった。

「弱い奴に偉そうに命令されんのが、どんだけ苛つくかお前だってわかるだろ。ろくに闘えもしないくせに、口だけはご立派だな」

「暴力で支配するような人間は、この屋敷には必要ありません。ご不満なら、一群を出てもっと弱肉強食の群れにでもお入りになってはどうですか?」

センリはこんな熊のような男にも怯まず笑顔で攻撃している。彼も決して小柄ではないのに、この男の前では華奢に見えるから恐ろしい。

「センリ、お前はそんなに偉そうにできる立場かよ。犯罪者の息子の分際で俺様に説教かぁ? お前の親父が母親ぶっ殺したの、忘れたんじゃねぇだろうな」

その一言で、センリの笑顔が消える。アガタはさらに声をあげて責め立ててきた。

「自分の母親殺されてんのに、何で刑務所にぶちこまれる前に親父を殺っとかなかったんだ、お前。ああ、単に力がなくてできなかっただけか? 弱いヤツは復讐もできねぇなんて、カワイソーだなぁ」

いつもは口が達者なセンリが今は何も話さない。様子がおかしいのはわかるが、突然のことに頭が何も処理できていなかった。父親が、母親を殺したってどういうことだ。

「やめてください!」

センリの顔色がみるみるうちに悪くなっていくので、僕はアガタの丸太のような手を思わず掴んでしまった。センリが倒れる前に何としてでも彼の口を閉じさせたかった。

「ああ?! 何だこいつ……っ、うぜぇ!」

アガタが思い切り腕を振り払い、そのパワーが凄まじかったので僕は思い切り吹っ飛ばされた。そのはずみで腕がちょうど近くにあった花瓶にぶつかり僕の身体は花瓶と共に派手に転がった。

「カナタさん!」

センリが駆け寄って僕を助けてくれる…かと思いきや彼がキャッチしたのは花瓶の方だった。それでもすごい反射神経だが、横向きにキャッチされた花瓶は花と水を僕の上に降らせてくれた。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です…」

びしょ濡れになりながらそう答えると、センリが丁寧に花瓶を置くと駆け寄って僕の肩を抱いた。

「大変だ! 怪我をしてるじゃないですか!」

「え。いや別に…」

尻餅ついて痛いのはあるが、たいした怪我はしていないと思う。しかし何を思ったのかセンリは僕の二の腕をつねってきた。

「いた! いたたたっ」

「ああ、なんてことだ…。アガタ様、これはあなたの責任ですよ!」

僕が痛みに悶えてるうちにセンリはアガタに詰め寄る。ぽかんとする僕を取り残し、いつもの調子で捲し立てていく。

「この屋敷で雇われた初の上級市民が侵入者に怪我させられたとなれば、イチ様に報告しなければなりません。ようやく雇えた大事な人間を傷つけられたと知ったら、きっと、いえ絶っ対に警察沙汰になります。そうなればあなたの輝かしい経歴にも傷がつくのでは?」

「お前……」

「有名な格闘選手から犯罪者となれば、周りの見る目も変わるでしょう。でも今すぐお引き取りくださるなら、大事にはしません」

「……っ」

「アガタ様、お帰りください」

センリがいつもの笑顔で手を振る。アガタは何か言い返したそうだったが、今は退散した方が良さそうだと思ったのか舌打ちしながら引き返していった。


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