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神様とその子供たち
003


「じゃあ、早く止めないと!」

彼女の“特技”を聞いて僕は焦ってセンリの肩を掴む。しかし彼は首を振り僕を止めた。

「手遅れです。先日、ハレに会いにここに来られた時に“たまたま”イチ様と遭遇してしまったそうで、その時すでに会話をしてしまったそうなんです。そしたらもうこの二度目の機会を、イチ様の方から彼女に持ちかけたんですよ。あの忙しいイチ様が、貴重な休みを潰してまで! こんなのありえませんよ。もうイチ様は彼女の術中にはまってしまってるに違いありません」

「でも、今ならまだ止められるんじゃ…」

「無理です。ハクア様の力は、彼女が家族以外の男性と一言も話さないようにしてるくらい強力なんです。もちろんやんわりとですが、僕も説得しましたよ。彼女の特異体質を説明もしました。でも全然聞く耳持たないんです。こうなったら彼女とイチ様が婚約するのも時間の問題かもしれません……」

センリが頭を抱えながら項垂れる。完全に諦めて自暴自棄になっている姿は、子供を嫁にやる親のようだった。

「彼女の人柄を探りたいところですけど、僕も実際に話してみないことには何にもわからないんですよね。でもそんなことしたら、僕までハクア様を好きになっちゃうかもしれないじゃないですか……はあ」

センリの得意技は相手の気持ちを読み取ることだが、今回はそれをしようとすると向こうの術中にはまってしまう。八方塞がりなのだろう。

「でも…でも…これは、悪いことばかりじゃないはずです。イチ様にも家族が必要ですから。ハレの妹ならきっと悪い女性ではないはずですし、彼女を好きになって幸せになってくれるなら、それはそれで……」

そうひたすら自分に言い聞かせながら、楽しげに話す二人を複雑な表情で眺めるセンリ。最早二人がすでに婚約したかのような口ぶりだ。僕は大袈裟だろうと思っていたが、ハクア嬢と話すイチ様の溢れるばかりの笑顔を見て唖然とした。

「イチ様が笑ってる……」

「そうなんですよ! あんな笑顔、チビ相手だってたまにしか見せないのに」

普段表情が乏しくあまり笑わないイチ様が満面の笑みだ。これは大袈裟でもなんでもなく、彼女が好きだということが見てとれる。センリの言う通り、彼女がイチ様と結婚するのも時間の問題かもしれない。しかもあろうことか人狼が苦手のはずのゼロまで、ハクアを怖がる素振りがない。なついてるという訳ではないが、彼女が顔を近づけても逃げようともしない。

「そんな……まさかゼロまで……」

「チビさんも人狼で、一応男ですもんね。彼女ならなつかせることもできるかもしれません」

「えっ、じゃあもしイチ様とあの方が結婚したら、僕の仕事がなくなってしまうんじゃ……」

人狼ではできないからという理由で雇ってもらえているのだ。彼女がゼロのお世話をするならば、僕は用済みになるかもしれない。

「いや、女性は仕事なんかしませんよ。結婚して子供を産むのが女性の役目ですから」

ゼロのお世話が仕事だと思えていない部分があるのでつい口走った台詞だったが、結婚後も変わらず雇ってもらえそうで良かった。

「でも、イチ様のところでは何人か女性が働いてますよね」

「あー…子育てが一段落した女性は別です。いえ、それでも普通女性は家にこもってるものです。ここの女性達は一貴邸だから夫の許可が出て働くことができてるんです。イチ様は女性の手も必要だと思っていますし、ここで働けるのはステータスになりますから」

「…人狼の女性は、色々大変なんですね」

話を聞くとまるで男の所有物のようだ。働きたい女性だっているだろうに、その選択肢すらないのだろうか。

「大変? いいえ、人狼は超女性優遇社会ですよ。男は女の言いなりです。何せ数の少ない貴重な存在ですから」

途中センリの狼の耳がピクピク動く。胸元の携帯が振動したらしい。そういえば狼の耳は人間の耳よりも口との距離が遠い。どうやって電話するのだろうと興味津々で見ていると、彼は携帯を口に近づけただけだった。見えにくいが耳にはどうやらハンズフリーのイヤホンがつけられているらしい。

「……はい、了解しました」

センリが苦虫を噛み潰したような顔で通話を終える。そしてイチ様達から背を向けた。

「イチ様から、大丈夫そうだから戻っていいとのことです。カナタさんも今日は自由に過ごしていいらしいですよ」

「えっ、ほんとですか」

「ほんとです。二人きりにしてあげましょう」

センリが足早に歩いていってしまうので慌てて追いかける。僕ははるか向こうにいるイチ様とハクアを何度か振り返りながらも、センリの後を追った。


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