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神様とその子供たち
002


てっきりロウの愛人でもやっているのかと思っていたとキリヤに言われて面食らうと同時に全力で否定する。ロウがベッドに入れた相手を抱かないというのは通常あり得ないらしい。

「そもそもロウ様に好みってあるんですか」

「お前みたいな人間の男ではないってのは確かだけど、基本的に女性なら誰でもいいみたいだな」

人狼の女性は基本的に全員文句無しの美人だ。そういう意味では好みなどなくても納得できる。僕が質問したのでキリヤは自分のこともおしえてくれた。ロウの護衛として働きだしたのは約50年前。そこから側近の護衛である近衛兵に昇格して30年。近衛兵として認められてるのは先ほど教えてくれたカエン、キリヤ、トキノ、シギの四人だけらしい。

「カエンは俺以上に長くやってて、シギは新人。俺達はただの護衛じゃなくて、ロウ様と一心同体なんだ。ロウ様の体調、プライベートのすべてを把握して共有するのが仕事。いざとなったら自分の命を捨ててロウ様を守るのが一番の役目だけど、ロウ様はそれを絶対認めてくれないんだよな。この前、ロウ様が撃たれたときお前もいただろ」

「はい、よく覚えています」

あの時のことはたまに夢に出てくるくらいだ。思い返しただけで心臓が縮みそうになる。

「あの時、シギとカエンはいなかったが俺とトキノはいた。本来ならあんなことにならないように、ロウ様の事はゼロ距離で守るべきなんだがロウ様がそれを絶対にさせてくれない。自分を庇って誰かが撃たれるくらいなら、撃たれた方がマシなんだとさ」

「ロウ様の言いそうなことですね」

ロウは子供たちだけでなく人狼全員をとても大事に思っているのはわかる。それと対極するように人間は扱いは酷いようだが。

「それに俺達が近くにいすぎることで、逆にロウ様に庇われてしまう可能性もある。ある程度距離をとって守るのも仕方ないと思ってやってきたが、あの日はそれを死ぬほど後悔した。俺達はクビになってもおかしくなかったけど、ロウ様はそれを許さなかった。せめてもとトキノと俺は減給にしてもらったけどな」

「ロウ様はもう何度も殺されそうになってると聞きましたが」

「そうだ。人間は数だけは多いからな。殺しても殺してもわいて出てきやがる」

「ロウ様を殺そうとした人間は、やっぱり全員殺してるんですか」

「当然だろ」

わかっていたことだがやっぱりそうなのか。人間側も命懸けでやっていることなのだろうが、人狼達がロウを狙われて生かしておくとは思えない。

「といいたいところだが、実行犯は捕まえられても首謀者をあげるのが難しい。というかその辺りは俺達の仕事じゃないからな。俺らはロウ様の目先の危険を取り除くのに集中しないと。前回はシギがロウ様を守ったし、俺も30年の間何度も暗殺を未遂で終わらせてる」

「30年も近くにいたら、もうロウ様にとって家族のような存在になんじゃないですか」

「そうだな! そうとも言える」

僕の言葉にキリヤは嬉しそうだった。ロウにとっては人狼が全員家族のようなものなのかもしれない。

「ヒラキ様とも長いお付き合いだったんでしょうか、ロウ様は」

「ああ、俺なんかより長いよ。もう百年以上はたってるのか……」

そんなにも長く、当たり前にいた人が突然いなくなるのはどれだけ悲しいことなんだろう。僕にも経験があるのでロウの気持ちをわかっていた気でいたけど、もしかすると人間の僕には一生わからない事なのかもしれない。

「ロウ様がすっかり塞ぎこんでしまって、力になりたいけど、僕にはどうすればいいのかわからないんです」

「お前が何かしなくても俺たちがいる。俺たちは業務上気軽に話しかけたりできないけど、近くにはいられる。俺たちの存在がロウ様の救いになるはずだ。……まあ、もちろん今はお前の存在も。悔しいけどな」

「……あ、ありがとうございます」

もしかしていまキリヤに励まされたのだろうか。彼は見た目は怖いけど優しい。僕に優しくするのはロウの命令だからかもしれないが、それでも嬉しかった。

「俺達は家族よりロウ様を知ってる。毎日何を食べたか、体調はどうか、機嫌はいいか、趣味、嗜好、好ましくないもの、すべて把握してるんだ。だから今、ロウ様の体調が睡眠によって回復してることは俺達全員が喜んでいるし、そこだけはお前に感謝してるよ」

「僕自身何かしてるわけではないのですが……ロウ様の力になれてるなら良かったです」

「正直、人間がここまでロウ様のこと考えてるとか信じられないけど、ロウ様はそれだけお前に尽くしてるからな。名前で呼ぶのを許しているというだけで破格の扱いだ。だからお前はそれ以上のものをロウ様に返さないと俺は許さない。イチ様と付き合ってるだかなんだか知らねぇけど、イチ様よりロウ様を優先するのは当然のことだ。ハチ様のやったことだって俺は間違ってないと思うね」

「イチ様とのことご存知なんですか!?」

「ああ」

「だって僕のことロウ様の愛人とか言うから……」

「ロウ様は相手に恋人がいても関係ないし」

「いや、僕には関係あります! イチ様と付き合ってるんだからロウ様と何かあるなんてあり得ません!」

「俺からすればイチ様の方がありえないけどな。あの方にも困ったもんだ。人間を好きになってその上交際するなんて一体どういうつもりなんだか」

イチ様のことを少しでも悪く言われるとモヤモヤする。しかしここで僕が反論してもきっとわかってくれないと思うので歯をくいしばって我慢する。

「言いたいことありそうな顔だな」

「……ないです」

「お前多分、俺と一緒に缶詰めになると思うから言いたいことは我慢しない方がいいぜ」

「缶詰め……? どうしてですか」

「部屋にこもっててもらうのが一番安全だろ」

「それはそうですが……。でもどれくらい僕は缶詰めになっていればいいんでしょうか」

「今のところなんとも言えねぇな。ヒラキ様の葬式だっていつできるかわからない状態だし」

「えっ……そんなにご家族の方は重体なんですか?」

「そうじゃない」

てっきり家族が回復するまで葬式ができないという意味かと思ったが、キリヤはなぜか部屋にあったテレビをつけた。やっていたニュース番組では三貴が亡くなった事がすでに報道されていた。

「『この爆発により三貴ヒラキ様とご家族を含めた計8人が重軽傷。ヒラキ様は病院で死亡が確認され、警察はこの爆発をテロリストの犯行として捜査しています。現在三群の一部では厳戒態勢が敷かれ、検問が行われています』」

キャスターの重々しい言葉に大変な事件だということがわかる。しかしどうして彼はこのニュースを僕に見せたのだろう。

「『また三貴不在により、貴長の座を狙う者達が現れ三貴邸を占拠しようとしています。オリ様、ラセツ様が負傷している中、君主様はまだ臨時三群代表を発表していません。三群南区では頭領のヒサク様が急襲され、病院で治療中とのことです。さらなる被害を防ぐため、一刻も早い三貴の選定を求める声が三群では広がっています』」

「さっそく始まってるな。三貴の後継者争い。これが落ち着くまでは葬式どころじゃない」

「これって……」

新しく群れの代表が決まる時は争いが起きるとは聞いていた。しかしまさか、本当に怪我人が出るような事態になるとは。

「強い奴が群れのリーダーになる、それが一番皆が納得できるからな。三貴になりたい奴は容赦なく候補者達を攻撃して
いくぞ」


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