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神様とその子供たち
003


ロウの怒りと悲しみは凄まじく、僕まで胸がつぶれそうだった。ヒトも酷く取り乱した状態で冷静でいられなかったが、スイが一人落ち着いてロウに話し続けた。

「ロウ様、確かにそれも最優先事項ではありますが、さしあたって早急に解決しなければならない問題が」

「何だ」

「ヒラキ様は三貴です。三貴が空席になった今その座を狙って争いが起きます。怪我人が出る前に、しかるべき人物を三貴にしなければなりません」

たった今亡くなったばかりなのにもう後続を決めなければならないのか。僕にはわからない事だしどうしようもないが、ロウにとってヒラキという人狼が大切な存在だった事がわかるだけに落ち着く時間を与えてあげて欲しかった。

「補佐官のオリはどうした。暫定的にもオリに頼むべきだろ」

「オリ様も爆発に巻き込まれ足を負傷しました。幸い軽傷ですが今指揮は取れません」

ヒトの言葉にロウは頭を抱えため息をついた。普段の倍は老け込んで見える。

「候補はいるのか」

「ヒラキ様は息子のラセツ様を後継者に考えていたようですが、彼はまだ若くしかも負傷しています。むしろ保護した方がいいかもしれません」

「そうだな。ラセツには警護をつけて回復次第、一群で保護する。ここにはいない方がいい」

「はい。ロウ様が三貴を選んで下さるのが一番手っ取り早いのですが……」

「相応しい候補者がいればすぐにでも指名するが、みんなが納得するような奴はいるのか?」

「ヒラキ様の訃報がニュースになれば嫌でも名乗り出てくるはずです。しかしヒラキ様が圧倒的すぎて、彼に匹敵する者がいるかどうか」

「マノリとラセツの目が覚めたらすぐにおしえてくれ。ヒラキの事は…、ニュースで知らされるより俺の口から伝えたい」

「わかりました」

ヒトはヒラキの家族のところへ戻るため部屋を出る。スイが少し迷う仕草をしてから僕の方へ近づいてきた。

「私も部屋を出ます。カナタさん、あなたはロウ様の側に」

「はい」

「どうか離れないで。いまロウ様を一人にはできません」

そんな状態のロウを僕なんかに任せていいのかと思ったが気づいたら頷いていた。スイも護衛も皆外に出て、僕はロウと二人きりになった。

「……お前を連れてくるべきじゃなかったかもしれない」

脱け殻のようだったロウがぼそりと呟く。僕はちゃんと聞き取れるように身を乗り出して訊ねた。

「どうしてですか」

「ヒラキが死んでしまったら、三群は次のリーダーが決まるまで混乱する。それに乗じてテロリストが何かしてくる可能性もある。俺の側にいることで逆に危険にさらしてしまっているかもしれない。夜寝る時以外は俺とは距離をとった方がいい」

「……ロウ様がそうおっしゃるなら従います」

以前の彼ならば自分のために僕を連れ回していただろうに、今では僕の事をちゃんと考えてくれている。しかし一人にするなと言われた矢先に離れていいものだろうか。

「でも、どうか無理をしないでください」

「無理?」

「ヒラキ様がロウ様にとってとても大切な人だったのはわかります。そんな人を亡くしてすぐ冷静になんてなれるわけありません」

「なれるかどうかじゃない。ならなきゃいけねぇんだ。俺が泣いてる場合じゃない」

「どうしてですか? 泣かずにいられるなんて信じられません。少なくとも僕は無理でした」

家族ともう会えない。言葉をかわすことも、抱き締めることも、遠くから姿を見ることさえできない。そう考えただけで自分が死ぬよりもつらかった。悲しむこともまとも泣く時間もないなんて、心が死んでしまうのではないだろうか。

「僕がいることでその妨げになるなら部屋を出ます。ロウ様は自分の心を守ることを何よりも優先してください」

僕が横にいては感情も表に出せないかもしれない。しばらく部屋から出るべきかと立ち上がると、ロウに手を掴まれた。

「お前はいろ」

「え、でも」

「ずっと前から言ってるだろ。お前は俺の拠り所だって。お前の存在が俺の救いになってる」

「それは睡眠をとる時の話で、今は……」

「寝る時以外もだ。カナタがいると落ち着く。平常心を保てる。俺が今まともに見えるなら、それはお前が横にいるからだ」

「……」

ロウはもう単なる睡眠薬としてだけでなく僕を大切に思ってくれている、そういう認識でいいのだろうか。
こっちの世界にきて、家族のいない自分は誰からも必要とされない存在だと思っていた。ゼロとイチ様と出会い、センリやハレと過ごすうち自分の居場所ができた。そして今は、もう一人僕を必要としてくれている人がいる。その事実は確かに僕を救ってくれた。

「僕もロウ様が大事です。イチ様の父親だからとか暗示にかかっているからとかではなく、ロウ様が側にいてくれること、健康で生きていてくれることが何よりも嬉しいです」

「……うん」

ロウに抱き締められて僕もその大きな身体を抱擁する。僕はしばらくロウの気がすむまでそうやって彼を抱き締め続けていた。


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あきゅろす。
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