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しあわせの唄がきこえる
005



「お前、何で正座なんかしてんの? もっとリラックスしろよ」

「……はい」

グラスを両手に持ち戻ってきた先輩は、かちかちに固まる俺を見て呆れたように呟いた。とりあえず正座を解いたものの偉そうに胡座をかくわけにもいかず、そのまま三角座り。そんな俺を見て先輩はしばらく何か言いたそうにしていたが結局諦めたようにため息をついた。

「まあ、好きにすりゃいいけど」

先程買ってきたジュースをグラスに入れ先輩も腰を下ろす。先輩がテレビをつけたので少し緊張の糸がほどけたと同時に、テレビがあることに驚いた。しかも俺の家のやつより一回りくらい大きい。

顔を動かさないままで、部屋の中を隅々まで観察する。すぐ目に留まったのがデスクの上に置かれた写真だ。そこには友達と笑顔で写る先輩の姿があった。

「あれって、小さい先輩の写真ですよね。めちゃくちゃ可愛いですね」

「お前緊張してんのかそうじゃないのかはっきりしろよ……。あれはじいちゃんが無理矢理置いてったもので、俺がわざわざ飾ってるわけじゃねーから」

言い訳する先輩に俺はさらに興味をそそられて、その写真を間近で見させてもらった。たくさんの友達に囲まれ笑う写真の先輩に胸が締め付けられる。いつも一人きりで、他人を遠ざける今の先輩とは大違いだ。

「そこに写ってる連中とは今でも仲良いから、よく会うんだよ。この前もみんなでスキーに行ったし」

「うぇえ!?」

「な、何」

友達とスキーに行った、なんていたって普通のことだ。けれど先輩に限ってはそうじゃなかったはずなのに。

「先輩、友達いたんですか!?」

「……いるだろそれくらい。ここでは作る気ないだけだっつーの」

「はーー」

言われてみれば確かに、ここに来る前の先輩に友達がいないわけがない。孤独なのはこの学校限定だと普通に考えればわかる。

「学校に話す奴がいないと地元の奴らばっかとさらに仲良くなっちまってさ、ここで友達作る気が余計になくなったんだよな」

「……」

先輩に友人がいたのは嬉しい。こんないい人が誰とも関わらないなんて、もったいないとずっと思っていた。それなのに、このもやもやは何だろう。先輩が俺以外の人と仲良くしているのを、理由もなく素直に喜べない自分がいる。

「立川も今度連れてってやる。だからそんな顔すんな」

「えっ」

そんなに暗い顔をしていたのか、気を使って誘ってくれる先輩。心なしか嬉しそうなのは気のせいだろうか。

「でも俺、スキーやったことなくて…。…っ」

先輩はごく自然な動作で眼鏡をはずし、前髪を上げてヘアピンでとめる。美形の先輩の顔を久しぶりに拝めて思わず見とれてしまった。部屋では変装の必要がないとはいえ、不意打ちでやられると心臓に悪い。

「そんなのおしえてやるから心配すんな。すぐできるようになっから……ってお前、なにぼーっとしてんだ」

「いや、あの、先輩の顔、見たの久しぶりだったんで」

「ははっ、なんだよ、男前すぎて声もでないってか?」

先輩は冗談のつもりだったのだろうが、図星すぎてさらに言葉につまる。けれど素直に認めてしまうのは同じ男として悔しいので、思いきり顔をしかめて睨み付けてやった。

「別に、確かに顔は格好いいですけど、単に新鮮だっただけで見とれてなんか」

「格好いい? へー…立川、俺のこと格好いいって思ってんだ」

「そんなとこだけ拾わんで下さいっ」

ニヤニヤする先輩にムカついて、照れを隠そうと体ごとそっぽを向く。ふいに後ろから腕をまわされて、息が止まった。

「いじけんなって、お前だって可愛いよ」

「か、可愛いって」

気恥ずかしいセリフをさらりと口にして、先輩は俺をぎゅーっと抱き締めてくる。この人こんな性格だったか? もっとクールでイチャイチャしたりしないタイプかと勝手に思ってた。どうでもいいが、そこはせめて可愛いじゃなくて格好いいって言ってくれ。

「あー…、えっと、先輩ってゲームもするんですか?」

この甘ったるい雰囲気をなんとかしようと、目についたゲームソフトの話題を振る。寮にゲーム機持ち込んでんじゃねぇよ、というツッコミはなしだ。

「ああ、それ。たまにしかやらねぇけど」

「ちょっと見て良いですか」

先輩の腕から這い出る口実にゲームを使う。ぶっちゃけゲームにそれほど興味はないのだが、このままだといけないことになってしまいそうなので俺は逃げた。

「麻雀ゲームに将棋に囲碁に、……ってこれも麻雀?」

「いいだろ別に」

「好きなんですか?」

「ただの暇潰しだ。ゲームなら一人で延々とできるし、飽きねぇから」

確かに、いくら友達が外にいてもこの学校にいないのではつまらないだろう。暇な時間を一人ゲームをして過ごす先輩を思うと、やっぱりもったいないと思ってしまった。

「今度ルールおしえてください! 俺、先輩の相手になれる様に頑張ります」

「だったら1枚やるよ、どうぜじいちゃんのいらないやつだし」

「へ?! いや、もらうのはさすがに申し訳ないのでっ」

「なら貸す。好きなだけ持ってけ」

「は、はい」

囲碁も将棋も麻雀もわからないのでどれにしようかと選んでいると、先輩が俺にそっと近づいてくる。そして先輩の口が耳元に触れ、反応する間もなく囁かれた。

「……次は誤魔化されねぇからな、逃げんなよ」

「!」

ちゅっとこめかみにキスをされ、頭をくしゃくしゃ撫でられる。鼻唄を歌いながら俺から離れる先輩の背中を見上げ、俺の顔は赤くなればいいのか青くなればいいのかわからなくなっていた。


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