しあわせの唄がきこえる 004 そして当日、母親がまさかの過保護っぷりを発揮して、泊まりなんて駄目! なんて言ってくれるなんてことはもちろんなく。夕飯を用意する手間が省けると言わんばかりにいってらっしゃいと笑顔で送り出された。余程、息子の貞操の危機なんだぞ! と泣きついてやりたかったが、もちろんそんなこと口が避けても言えない。俺は覚悟を決めて、泣く泣く家を出るしかなかった。 着替えなどは先輩が貸してくれるというので、持参したのは下着や歯ブラシなど必要最低限のものだけだ。妙にそわそわする俺に察しの良い流生が何かあるのかときいてきたが、先輩の部屋に泊まると言えば機嫌を損ねかねないのでなんとか誤魔化した。 授業が終わり次第、俺は流生にさよならをして靴箱へ向かう。もちろん帰るわけではなく、俺はそのまま学校の購買へと向かった。先輩とはそこで待ち合わせる約束をしたのだ。うちの学校の購買は寮の生徒がよく使うせいか品揃えが豊富でコンビニみたいに大抵のものを買うことができた。 今日の夜ご飯は何にしようかと商品を隅から隅まで見ていた俺は、後ろから声をかけられてすぐに振り返った。 「立川、遅くなって悪い」 「先輩! いや、俺も今来たとこなんで」 どこのカップルの会話だよ、とひきつった笑顔を見せながら自分で自分に突っ込む。いやカップルなんだから何もおかしくないんだけど、ってこんなことを考えてる自分がすでに恥ずかしい。一人で悶々とする俺を先輩は気にする様子もなく、手に持っていたおにぎりを見ていた。 「何? それ買うの?」 「ああ、はい、夕飯にしようかと。あっ」 手に持ってたおにぎりをひょいと奪うとそれをあっさり棚に戻してしまう先輩。何をするんだと唖然とする俺に先輩は小さく呟いた。 「朝飯と夜食だけでいいだろ。夕飯は作ってやるよ」 「え!」 「メニューはもう決まってるけどな。材料買ってあるから」 先輩料理できるのか、とかわざわざ用意してくれたのか、とか色々考えが巡って体が固まる。話は終わったとばかりに小さな買い物かごに菓子やらパンやらを入れていく先輩を、俺は慌てて追いかけた。 「いいんですか?」 「良いも何も、俺から言ってんだから素直に聞いとけ。それに料理は趣味みたいなもんだし」 「ひええ、すごい」 料理をもっとも苦手とする俺からすれば、凄いとしか言いようがない。男でも一人暮らしをすれば料理できるようになるのだろうか。いや、俺にはとても無理だ。 「そんな凝ったもの期待すんなよ。料理は好きだけど向上心ねぇから、定番メニューしか作れないし」 「いや、俺なんか卵のからも上手く割れないですから……」 一度料理にチャレンジした時大惨事になったので、母親は俺に二度と包丁と火を使わせないと決めた。おかけで親がいないときは必ずインスタントだ。 先輩の言葉に従い、明日のパンと好きなスナック菓子を持ってレジに向かおうとした。が、先輩に行く手をすぐに阻まれまたしても持っていたものを取り上げた。 「これだけでいいのか? 飲み物も買えよ。うちお茶しかないし」 そう言って先輩は俺のパンもまとめてカゴにいれてしまう。何本か缶ジュースを入れるとそのままレジで会計をすませてしまった。 「先輩、お金を」 「アホか、俺のオゴリに決まってんだろ」 「え」 だからどこの彼氏彼女だよ! と心の中で大声で叫ぶ。いや、今はそれであってるのか。って何で俺が女側なんだ! 「そんなのいいです! 俺ちゃんと払います」 「いいって。後輩に出させるかよ」 「あ」 そうだ、俺たちは恋人以前に先輩後輩関係だ。別に部活動みたいな上下関係はないが、俺だって後輩相手になら奢ってやったりもする。 「なら俺、袋持ちます」 「いーよ、こんなん軽いし」 「……あ、ありがとうございます」 なんだか俺ばかりカップルであることを意識しているようでかなり恥ずかしい。うつむきがちになったままで、俺は先輩の後を追いかけた。 先輩の部屋は寮の最上階、一番奥のつきあたりにあった。ホテルみたいな内装に軽く感動しながらきょろきょろしていると、ドアを開けた先輩が入るように促してきた。 「どーぞ」 「……おじゃましまーす」 おそるおそる足を踏み入れた先輩の部屋は、物は多いがしっかりと整頓されていて俺の部屋とは大違いだった。そして想像よりもかなり広い。生徒会でもないのに一人部屋なことといい、もしかして理事長の孫には良い部屋が与えられているだろうか。 「楽にしてろよ。テキトーに座れ」 薄暗かった部屋の電気がつき、その後すぐ鍵をカチリと閉められ俺はビビって振り返った。意識しまくりの俺とは違い先輩は靴を脱いですぐ冷蔵庫に直行しジュースを入れている。自意識過剰すぎる自分に呆れつつ、俺は鞄を部屋の隅に置きその場に腰を下ろした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |