日がな一日 文化祭の罠 様々な事件はあったものの、ようやく無事に文化祭当日にこぎつけることができた。椿と瀬田はその後特に気まずくなることもなく、普段通りに接していた。 そもそも瀬田が椿との交際を拒んでいたのは前からなので、関係に変わりがないのは当然で、何より椿には瀬田に拒絶されたという意識がまったくなかった。瀬田の方は、とにかく孝太を学校から追い出すのを諦めてくれたことに安堵していた。文化祭が始まるまでは、生徒会役員全員が多忙を極めていたので内輪揉めしている状況ではなかった事にも助けられたかもしれない。 そして瀬田はといえば、生徒会としての仕事より劇の事で頭がいっぱいだった。失敗は絶対に許されない。昨晩はろくに眠れず、何度も台詞のおさらいをしていた。しかしそんな瀬田のところに朝早くから、弘也が突然部屋に押し入ってきた。 「瀬田〜〜! 助けてくれーー!」 「えっ、えっどうしたの」 突然助けを求めてきた弘也の手には布をかけられた鳥籠が握られていて、中にはインコの姿もある。唖然とする瀬田に弘也は頭を下げた。 「頼む瀬田! しばらくマリを預かってくれ!」 「……は!? 何で!?」 布の隙間から顔を覗かせる鳥と弘也を交互にみる。弘也は膝をついて瀬田に懇願し続けていた。 「ここって、定期的に寮の抜き打ち検査があるだろ」 「あ、ああ。そういやあったな」 この寮では教師による部屋の抜き打ち検査がある。抜き打ちなので検査される部屋は完全にランダム。1年に1回チェックされるかされないかの頻度なので、特にやましいことのない瀬田は存在を忘れかけていた。 「叔父さんからおしえてもらったんだけど、この文化祭中に、俺の部屋が検査の対象になるらしいんだよ。だからその間だけ匿ってくれないかと思って」 「おしえてもらったって、それじゃ抜き打ちにならないじゃん」 「そんなことはどうでもいーんだよ。エサもカゴの掃除も全部俺がやりにくるから、ここに置いとかせてくれるだけでいいから!」 「それはいいけど……俺の部屋が抜き打ちされたらどーすんの」 「お前の部屋は大丈夫! 調べたら3ヶ月前にチェックされたばっかだったし。とにかく俺の部屋に置いといたら確実にバレるんだよ」 「わかった、預かるのはいいから、ちゃんと会いに来てやってよ」 「ありがと瀬田〜!」 手を掴まれてぶんぶん振り回される。その後弘也はてきぱきとした動作で鳥籠を置く場所を確保すると、エサが入った袋と一緒においてあっという間に出ていってしまった。残された鳥の不安そうな表情に、瀬田は思わず話しかけた。 「弘也はまたすぐ来てくれるから、いい子で待っててな」 そわそわと落ち着かない様子のインコが首を傾けてくる。つぶらな瞳でこちらを見上げる姿に少し癒されながら、瀬田は再び台本に向き直った。 四季山高校の文化祭、通称四季祭は2日間にわたって行われる。一日目は文化部による舞台発表がメインで、二日目はクラスの展示や模擬店に、一般の客も招く大々的なものだった。生徒会の忙しさから言っても文化祭は二日目が本番なのだが、瀬田に関して言えば一日目の劇のことばかり気にしていた。 劇の講演は午前11時からの一時間半。その時間が来るギリギリまで、演劇部は多目的室で最後のリハーサルを行っていた。本来ならば生徒会役員としての仕事があるのだが、出演者の瀬田と夏目は特別に午前中は免除されていた。 「瀬田、緊張して……るな」 「してる、この上なくしてるよ」 リハーサルの休憩中、夏目が声をかけてくる。彼に話しかけられても冷や汗が止まりそうにない。自分のせいでこの劇が失敗したらと思うと胃がキリキリ傷んだ。 「じゃあ俺と一緒だ」 「夏目くんが? そんな風に見えないのに」 「そんなことねーよ。そりゃ、柊二に比べたら俺の出番なんて少ないけどさ」 よく見ると心なしか夏目の手が強ばっているのに気づいて、つい触ってしまう。予想よりも冷たい手に驚いていると、夏目の顔が固まっていた。 「…あ、ごめん。いきなり触ったりして」 「いや、柊二ならいいって前にも言ったろ」 「手、俺より冷たいね」 「俺よりリラックスできてるってことじゃん、いけるいける」 自分よりもガチガチの夏目に瀬田は思わず笑ってしまう。気を紛らわせるために夏目としばらく話していると、部員の一人に呼ばれた。 「おーい、夏目と瀬田。友達が呼んでるぞー」 「友達?」 夏目と共にドアまで行くと、そこには男女10人くらいの見覚えのある顔の生徒達がいた。誰だったかと思い出す前に夏目が口を開いた。 「どうしたんだよ皆して」 「お前と瀬田先輩の応援。緊張でガチガチかと思って見に来てやった」 彼らが夏目のクラスメートだと気づいた瀬田は笑顔で彼らのやり取りを見守っていた。何人かは瀬田にも声をかけてくれた生徒達だ。 「あれっ、瀬田先輩まだ衣装に着替えてないんですか?」 「えー、見たかったのに残念〜!」 前にも声をかけてくれた女子に話しかけられ、笑顔を返しながらもまだ着替えてなくて良かったと心底思った。夏目が瀬田に近づこうとする女子を手で追い払う。 「衣装は本番を楽しみにしててくれよ。それに先輩はいまお前らの相手してる暇はねぇの」 「えー! 酷いなっつん。あ、そうだこれ。皆で買った差し入れ。演劇部の皆さんでどうぞ」 その女子が手渡してくれた袋にはペットボトルに入ったたくさんの飲み物があった。ちゃんと人数分用意されている。 「わぁ、ありがとう」 「いえいえ! 私達、先輩の劇楽しみにしてるんで!」 「これは先輩の分。夏目くんに先輩がここのお茶が好きだって聞いてたから」 彼女の手には瀬田が部屋に何本かストックしているメーカーのお茶。夏目の方を見ると「だってそればっかり飲んでるじゃん」と言われてしまった。瀬田が笑顔で受け取るとまたキャーッと黄色い声をあげられてしまう。仮とはいえ生徒会に入ると知らない後輩からこんなに慕われるのかと瀬田は驚いていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |