日がな一日
002
夏目の友達が帰っていった後、生徒たちの声で外が騒がしくなった。舞台発表を見るためにみな移動しているらしい。ギリギリまで練習を続けていた瀬田達だったが、そろそろ体育館へ大道具を運ばないといけない時間になった。
しかし、その時瀬田は自分の身体の不調を感じていた。
「どうした? 柊二」
それにいち早く気づいたのは夏目だった。最初はごまかそうと思っていた瀬田も、我慢できずに夏目に話した。
「……わ、わかんない。さっきまで何ともなかったんだけど、いきなりしんどくなってきて…」
「どれ……って熱っ」
瀬田の額に手を当てた夏目はその熱さに驚く。この時、瀬田はすでに立っているのもやっとだった。
「柊二、これ熱あるんじゃねえの。大丈夫なのか」
「でも朝はなんとも……あ…でもさっきもらったお茶がいつもと違う味がしたから、味覚がおかしくなってるかも」
「お茶?」
夏目は瀬田が飲んだ差し入れのお茶を手に取り、自らもそれ飲む。しかしそれを少し口に含んだ瞬間、あまりの不味さに首にかけていたタオルに吐き出した。
「なん……何だこれ。不味すぎるだろ、飲んだ時点でおかしいって言えよ」
「や、やっぱり変だった? でももらったものだし、何か気が引けて……」
「このペットボトル、開封済みじゃなかったか?」
「え、どうだったかな……そんなこと気にして開けなかったから。まさか、あのお茶に何か入ってた……わけないよね」
夏目の眉間に皺が刻まれる。少し考えてから彼は重そうに口を開いた。
「俺の友達がそんなことするとは思えねえけど、さっき来てたクラスメートの中にあんまり知らねぇ奴等も混じってたんだ。そういえばそいつ、確か軽音部だった気が…」
「……!」
何かを混ぜられたかもしれない。という可能性に瀬田と夏目は青くなる。瀬田は自分の身体の明らかな異変に不安を覚えた。
「でも、そんなことまでしてくるかな。あれからなにも、されてなかったし」
「わかんねぇけど、とりあえず保健室行こう。いまぶっ倒れたりしたら大変だ」
「瀬田くん、夏目くん。どうしたの?」
こそこそと話す二人に部長の藤村が声をかけてくる。どう答えようかと困っている瀬田を庇うように、夏目が部長の前に立つ。
「柊二、ちょっと気分悪くなっちまったみたいだから、一応保健室で見てもらってくる」
「えっ、大丈夫?」
「本番前までには戻ってくるから。悪いけどみんな先行って準備しててくれ」
「……わ、わかった。また僕の携帯に連絡して。瀬田くん、こっちのことは気にしなくて良いから。本番までゆっくり休んでね」
「部長、俺……っ」
「行くぞ、柊二」
自分は大丈夫だと言おうとした瀬田を、夏目はぐいぐい引っ張ってすぐ部屋を出てしまう。瀬田は夏目に肩を抱き抱えられながら保健室へと歩いた。
「夏目くん…っ」
俺はちゃんとできるから、と言おうとして足がもつれる。夏目は瀬田の身体をしっかり支えて歩き続けた。
「いいから黙って、こっちきて」
肩を貸してくれた夏目に殆ど身体を預けながら歩くも、どんどん意識が朦朧としてくる。幸い生徒の多くは体育館にいたので瀬田の姿を見られることはなかった。、しかしようやく保健室に着いたとき、瀬田は立っているのがやっとだった。
「失礼します。先生……ってあれ」
「あ、夏目。どしたの? その人」
保健室には男子生徒の姿しかない。彼は夏目と知り合いらしく親しげに話しかけてくる。
「先輩がちょっと体調悪くて……先生は?」
「それがさっき二年の人が階段から落ちて足怪我しちゃってさ。先生その人連れて病院行っちゃったんだよ。俺は保健委員だから代理でここにいんの。ただの連絡係としてだけど。ダンス部の踊り見たかったけどなー……ってその人何かすごい調子悪そうだけど、大丈夫?」
話しかけられて手を上げるのがやっとだった。急激な体調の悪化に、瀬田は焦りと不安で追い詰められていた。
「俺、他の先生呼んでくるよ。病院にいる先生にも一応連絡とって……」
「だ、大丈夫!」
保健委員の生徒の言葉に瀬田はとっさに声を出して止める。大事にしてはいけないと必死だった。
「え、でも」
「寝てたら、治るから。ちょっとベッド貸してほしい……」
瀬田は一番近くのベッドに移動し、息をきらしながら倒れ込む。夏目はシーツを瀬田の身体にかけてカーテンを少し閉めた。
「頼む昌樹、先輩の言う通りにしてくれ。先生には言うな」
「……わかった。夏目が言うならそうするけど、ほんとに平気?」
「ああ、俺がここで見てるから。本当にヤバかったら言う」
昌樹と呼ばれた保健委員の生徒が頷き、ふたたび椅子に戻って携帯を触り始める。彼が離れたのを確認して、苦痛の表情を浮かべる瀬田。不安そうな夏目の顔が見えて唇を噛み締めた。このままでは舞台に上がれない。考えるのはそのことばかりだ。
「……柊二、確かにここで先生に知られたら劇に出してもらえねぇかもしれないけど、変な薬飲まされてるかもしれないんだぞ。病院で見てもらった方が…」
「駄目だって! 劇には絶対出る…!」
小声で説得してくる夏目の言葉はもっともだったが、代理がいない以上瀬田が病院になど行けば確実に劇は中止。まだ薬を盛られたとはきまってないのだ。なんとか、立てるようにさえなれば大丈夫だと瀬田は再び起き上がろうとして下半身の違和感に気づいた。
「……う、嘘。なんで?」
「柊二?」
「た、たってる……」
「へ?」
何もしていないのに硬くなっている自分のモノに、こんなときに何をしてるのかと愕然とする。冷静になってみると一番熱を持っているのはそこだ。今まで熱が出たからといっていきなり勃ってしまったことなどなかったのに。
「な、なに。なんでこんなことに? 俺別に何も…」
「もしかして柊二が盛られた薬って…」
「……」
顔を見合わせた瀬田と夏目が考えていることは同じだった。ただでさえ赤かった瀬田の顔が羞恥でさらに赤くなっていく。
「ううう嘘だろ、これ俺どうすればいいんだよ」
「……」
夏目は愕然とする瀬田から離れると、足を組ながら携帯を触っていた保健委員に近づいていく。
「昌樹、悪いけどちょっと出てってくれないか」
「え。なんで?」
「あの先輩とちょっと話あるから。それに昌樹ダンス部の発表見たいんだろ。彼女が出てるんだから見てやらねぇと。先生への連絡係なら俺でも出来るから、代わってやるよ」
「いいのか!? あ、いやでも一応仕事だし……」
「先生には絶対言わねぇから。どーせしばらく戻ってこないんだろ。ダンス部の発表が終わって俺と代わればバレねえよ」
「夏目! お前マジでイイヤツ! これ番号だから、よろしく!」
ならお言葉に甘えて、と彼は保健室をダッシュで飛び出していく。夏目は保健室の鍵をかけると、置いてあったティッシュの箱を手に持ち瀬田のところへ戻ってくる。そしてベッドを囲うカーテンを完全に閉めた。
「柊二、今すぐここで出せ」
「え」
「出すもん出してスッキリしたら熱もおさまるかもしれねぇだろ」
夏目の言葉に何を冗談を、と言いたかったが表情は真剣そのものだ。夏目から視線をそらしながらおとなしく頷くしかなかった。
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