日がな一日 004 「お、終わった……!」 今日の分の3教科、すべて終わり瀬田は安堵の息を吐いた。数学はともかく日本史は割りと欄を埋めることができた。昨夜勉強したところが偶然にもよく出題されていたので、運に助けられた部分が大きいが赤点は免れられそうだ。 「瀬田、テストどうだった? できたか?」 背後から弘也ではなく孝太に声をかけられ飛び上がって驚く。あまりにも普通のトーンで話しかけられたので、本当に自分に声をかけたのか周りを見て確認してから頷いた。 「日本史はなんとか……。数学は散々だったけど」 「お前昔から理系駄目だもんな。明日の化学大丈夫かよ」 「う……なんとか頑張る」 ここでまた弱音を吐けば俺がなんとかしてやるから部屋に来い云々と言われかねない。孝太の気持ちは嬉しかったが裏に何があるかわからないので、一緒に勉強をと誘われても断ると決めていた。 「瀬田、今日上の廊下と階段の掃除だろ」 「え……うん」 「その近くに第3資料室あるじゃん。そこから去年の文化祭の資料があるはずなんだけど、参考にしたいからついでに取ってきてくれねぇか。鍵はここにあるから」 誘われない代わりに頼み事をされてしまった。こちらは断る理由もないので瀬田はあっさり頷いた。 「それはいいんだけど、生徒会休みなのに孝ちゃん仕事するの?」 「確認だけでもしとこうと思って。テスト終わってからバタバタすんの嫌だし」 「俺は孝ちゃんのサブだし、何かあったら手伝うから言ってね」 「俺も勉強しないといけねぇから生徒会の仕事まではやらねーよ。お前も自分の勉強だけやってろ」 最近まで虐められていただけに孝太と普通に話していること自体いまだに信じられない。あの事件以来、弘也に言われて孝太を警戒していた瀬田だったが、もしかするともうその心配はないのかもしれない。警戒心も薄れた瀬田は孝太からのお願いを笑顔で了承した。 そうして掃除場所へ向かった瀬田は、いつも通りの掃き掃除をし終えた後、そのまま第3資料室に頼まれたものを取りに行った。薄暗い資料室の中は意外と広く、たくさんの本や書類で溢れていた。 (この中から探すのか……。孝ちゃんに資料のある場所訊けば良かったな) 手当たり次第に探っていくも、なかなか目当ての資料は見つからない。掃除の時間はとっくに終わっている。孝太を待たせてはいけないと必死になって資料を片っ端からひっくり返していたので、誰かが扉を開けたことに気づくのが遅れた。 「瀬田」 「うわっ」 すぐ背後に立つ孝太に、瀬田は驚いて持っていた資料を落としてしまう。 「び、びっくりした……ごめん、まだ見つかってないんだ。俺が遅かったから来てくれたの?」 「いいんだよ。俺はお前と二人で話したかっただけだしな」 「え」 話と聞いて、まさかそのために必要のない頼み事をしたのだろくかと瀬田は焦った。逃げ道を探ろうとすると、退路を塞ぐかのように孝太が目の前に立ちはだかった。 「お前にはあの幼馴染みの女は合ってねぇ。あいつなら逃げるためには誰かと付き合わなきゃならないんだろ。瀬田、何で俺じゃ駄目なんだよ。理由言えよ」 「……へ」 孝太と二人きりになってしまったのは計算外だが、よりにもよってこんな質問をされるとは。しかし向こうが訊いてきたことにはちゃんと答えなければならない。壁際に追い詰められた瀬田は後ずさりして距離をとりながら口を開いた。 「りっちゃんから逃げたいなんて思ってないし、そのために誰かと付き合うなんてことは絶対駄目だ。それに前にも言ったように、弘也の許可がなければ孝ちゃんとは付き合わないよ」 「だから! なんでそこにあの眼鏡が出てくんのかってきいてんだよ」 「弘也の方が正しい判断ができるからだよ。孝ちゃんの事は友達としてしか見てないから、弘也に言われなきゃ試す気にもならない」 「瀬田お前……」 短気な孝太ならば怒るだろうと思ったが、これ以上流されないためにもハッキリとした拒絶を示すことが大切だと思った。瀬田はビクビクしながらも孝太の言葉を待っていると、そのままそっと抱き締められた。 「怒ってるんだろ。俺がお前に酷いことしたから」 「……」 「どうしたら考えなおしてくれる? 友達なんかじゃ俺は満足できねぇ。椿にもあの幼馴染みの女にも誰にもわたしたくない」 孝太の口調があまりに真剣で、椿への嫌がらせというだけでは済まされないほどの思いに気づかされる。瀬田は逃げようとするのをやめて孝太に問いかけた。 「何で俺なんか好きなんて言うんだよ。男だし、いいとこなんか何もないし。偽装でも立脇さんと付き合ってるような孝ちゃんが相手にするような価値ないだろ」 勉強も運動もできない、唯一特別になれた子役という道も自ら捨ててしまった自分を、瀬田はずっとダメな人間だと思い続けていた。昔は周りの大人達から可愛いなどとと持て囃されていたが、無駄に成長してしまった今はその面影もない。 「お前こそ、何で自分の事をそんな風に言うんだよ。瀬田がどう思ってようと、俺にとってお前は最初から特別だった。だから顔も性格もいい最高の女じゃないと相応しくないと思ってたけど、そんな奴はどこにもいなかった。お前の事誰よりも考えてやれるのは、自分だってやっとわかったんだよ」 孝太からの熱い告白に瀬田の顔は真っ赤になる。孝太の傍若無人っぷりは鳴りを潜め、この言葉だけ聞くと誠実な男にも思える。しかしここで流されることだけは絶対に駄目だと、瀬田はひたすら自分に言い聞かせていた。 「やっぱり……どうしても許してくれねぇのか」 孝太のことが好きだった。自慢の親友だった。口が悪いところも俺様なところも、友人だったときはまったく気にならなかった。孝太を裏切ってしまったことは事実だが、あそこまで豹変されるとは思ってなかったのだ。 「俺は、昔に戻りたいよ。どうして友達じゃ駄目なの。あの時の事はもういいんだ。孝ちゃんがまた普通の友達になってくれるなら、もう怒ったりしないから……」 話の途中で孝太が壁に拳を叩きつけたので、瀬田の話は中断された。恐る恐る孝太を見ると、目が完全に血走っていた。 「……この俺がこんなに優しく言ってやってんのに何でそんな頑ななんだよ。そこまで俺が嫌だってんのか。ああ?」 「ち、違うんだよ。孝ちゃん、落ち着いて」 「だったらもう我慢する必要ねぇな。瀬田がどう言おうと俺はもうお前をどう扱うか決めたから」 孝太の唇が瀬田の頬に触れ、手は制服のボタンを外していく。萩岡孝太という男はやはり何も変わっていないと、瀬田は改めて思い知ることになった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |