日がな一日
解答
*
孝太はその後瀬田の前に現れることはなく、体調不良を理由に早退してしまった。すっかり意気消沈していた瀬田は、ボランティアが終わった後すぐに弘也に泣きついた。
「あんな言い方したら孝ちゃん怒るに決まってるのに。あああ、俺ってほんとバカ…」
「あーもーだから気にすんなって、瀬田さっきからそればっか言ってるぜ。別に元から嫌われてんだからいーじゃん。もうあいつの事なんか忘れろ、な? 何か言ってきても俺が守ってやるからさ」
「弘也じゃ孝ちゃんに勝てないし。危ないよ」
「なんだと? オセロ三段なめんな!」
ふざけた構え方をする弘也に思わず笑みがこぼれる。なげやりでも慰められて少し元気が出たが、あの時の孝太の感情的な姿はどうしても忘れることができなかった。
その日の夜、追い込まれる程に思い詰めていた瀬田は孝太の部屋の前まで来ていた。弘也には当然反対されたが、あの時の失言を詫びたい一心で瀬田は内緒でここまで一人で赴いたのだ。これが弘也にバレたらきっと叱られる。それでもかまわないと覚悟を決め瀬田は扉をノックした。
もしかしたら部屋にはいないかもしれないし、こちらが誰かわかれば出てくれないかもしれない。けれど意外なことに扉はあっさりと開き、孝太が顔をだした。
「あ、孝ちゃん、こんな時間にごめん。俺、今日の事謝りたくて…あの、あれはあんなこと言うつもりじゃなくて、それで…」
「入れよ」
「え」
孝太が怒ってないばかりか招き入れてくれたことに驚き一瞬躊躇する。孝太の視線に促されるように瀬田は恐る恐る部屋へと足を踏み入れた。
「お邪魔します…」
「座っとけ」
孝太の部屋には何度も足を踏み入れたことがあるが、生徒会専用の個室になってからは初めてだった。以前までの部屋と同様、とても綺麗に片付けられている。彼は例え友人だろうと部屋を汚されることを嫌い、守れない人間は容赦なく出入り禁止にしていた。
「ほら、座れって。そこでいいから」
「うん」
孝太に促されカーペットの上に正座する。彼は瀬田の目の前であぐらをかいて、瀬田を睨み付けてきた。
「話があるんだろ。いくらでも聞いてやるから話せよ」
「…」
今までの孝太とはまるで違う態度に何があったのかと勘ぐったが、瀬田にとっては好機だ。孝太はとても落ち着いていて、このチャンスを逃す手はなかった。
「朝は色々言ったけど、俺、孝ちゃんと友達に戻りたいと思ってるんだ。どうしたら俺の事許してくれるかって、ずっと考えてたけどわからなくて」
下手なことを言うとまた怒らせてしまいそうなので、言葉を選んで話した。もう元には戻れないとわかっていても、自分の気持ちだけは伝えたかった。
「でも俺、もうこんな状態が続くのは嫌だ」
親友だと思っていた相手に罵倒されるのはつらい。無視されるのも、蔑むような目で見られるのも嫌なのだ。
「…お前、椿と付き合うの?」
「え」
「付き合う気があんのかってきいてんだよ」
「……」
孝太がこうやって冷静に質問してくるのは意外だった。瀬田は大きく首を振って否定した。
「ない、ないよ。だって椿くんと俺は、男同士だし。椿くんには婚約者がいるし、それに…」
「違う、そうじゃない。お前は椿が好きなのかって話だ。本当にあんな奴が…」
何と言えば正しいのかわからなかったが嘘をつくことはできない。瀬田は頷くしかなかった。
「…うん、好きだったよ。でももうやめたんだ。好きでいても意味がないし」
「なら、もしお前らが男同士じゃなくて、奴に婚約者がいなかったら付き合ってたってことか」
「え」
椿との事をそんな風に考えたことは今まで一度もなかった。もし今ある障害が全部消えたら当然付き合えるはずで、けれど瀬田は頷くことができなかった。
「いや、無理。無理だよ。多分どのみち付き合ってなんかなかった」
「…何でだよ」
「だって、そんなの孝ちゃん嫌だろ。俺、椿くんのことは好きだけど、孝ちゃんの方がもっと好きだったんだもん。いや、好きってのはもちろん友達としてだけど。椿くんと付き合うより、孝ちゃんと友達でいたかったから…っ?」
言い終わるよりも先に孝太に手を握りしめられた。何事かと身をすくませると強ばった表情の孝太が吐き出すように言った。
「瀬田、瀬田……悪ぃ…俺なんもわかってなかった。お前を守るつもりだったのに、俺、一番大事なときにお前を見捨てて、あのクソ野郎にいいようにされたなんて、…クソっ、許さねぇあのイカれ野郎」
「こ、孝ちゃん? どうしたの?」
「瀬田、よく聞け。あのな、お前は椿なんか好きじゃない。アイツに触られて嫌じゃなかったなんて間違いだ。お前はただそう思い込んでるだけなんだよ」
「え、何…なに言ってんの孝ちゃん」
必死な孝太の様子に瀬田は戸惑うことしかできない。以前弘也にも今と同じことを言われた。なぜ二人ともそろって瀬田の気持ちを否定するのか。
「端から見たらそう見えるのかもしれないけど、一応その、ちゃんと好きだったと思うよ」
「アイツに襲われても嫌じゃなかったからか」
「へ!? 襲われたって…」
随分と物騒な物言いに孝太が勘違いしてることに気づく。瀬田は誤解を解くため大きく手を振った。
「違う違う! 襲われてなんかないから! だいたい椿くんがそんなことするわけないじゃんか」
「はあ? お前この期に及んでまだそんなこと言ってんのか」
「だって俺嫌じゃなかったんだよ。椿くんだってそれがわかってたから──」
声を荒らげた瀬田との距離を一気に詰めて、顔を近づけてくる孝太。そのまま首筋を掴まれ顔を持ち上げられて、身体が支配されたように動かなくなった。
「だったら瀬田、俺とも試してみるか」
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