日がな一日 003 その後瀬田は再び杵島の部屋へほぼ強制的に連れ込まれ、鳥が興奮してピーピー鳴いている横で正座するはめになっていた。さっきまで瀬田が杵島を責めていたのに、すっかり立場が逆転してしまっている。 「…で、孝ちゃんってなに?」 「……」 やっぱりそれを聞かれるか、と予想していた通りの質問に瀬田は頭を抱えた。腕組みして仁王立ちしている杵島は眉間に皺を寄せて瀬田を見下ろしている。 「瀬田、萩岡と友達だったの?」 「……うん」 「孝ちゃんとか呼んじゃうくらい仲良かったんだ?」 「……む、むかしの話だけど…」 1年の頃、瀬田はいつも彼の隣にいた。今ではまったく考えられないくらい仲が良く、影で自分は萩岡孝太の金魚のフンと言われているだろうと瀬田が思っていたくらいだ。 しかし二人の友情は、瀬田が椿を好きになったことが萩岡に知られた時に一瞬で崩壊した。 「なんであんな性格悪い奴と友達だったの?」 「えっ、そこ?」 なぜここまで嫌われるようになったのかとか、そういうことを訊かれると思ったが杵島の興味はもっと根本的なところにあった。杵島からすれば性格最悪の極悪人であるらしい萩岡と、どうやって付き合っていたか純粋に興味を持っていた。 「いや、だんだんと性格があんまり良くはない人だってのはわかってたんだけど、その時にはもう戻れないところまできてて…。他に特別仲良い友達いなかったし…」 言い方は悪いが、萩岡はプライドが無駄に高く天性のいじめっ子気質だった。間違っても男好きの男と仲良く親友やってるタイプではない。 言えば言うほど仕方なく友達になってました感が出てくるが、あの頃瀬田は本当に萩岡が好きだった。子役をやっていた時にうんざりする思いを山程したせいで友達作りが苦手だった瀬田には、今まで本当に親しい友達は隣に住んでいた幼馴染みと、萩岡くらいしかいなかったのだ。 「孝ちゃ…萩岡くんは本当に優しかったんだよ。萩岡くんには俺以外にも友達がいて、俺はその人達が苦手だったけど、あいつらと合わせる必要ないって、いつでも俺を優先してくれた。いま考えると、もしかしたらかなり無理させてたのかもしれない」 萩岡の周りに集まってくる友達はこう言ってはなんだが、お世辞にもいい連中ではなかった。他人の自転車を盗んで道端に投棄したり、普通にタバコを吸ってお酒を飲んでいたり。萩岡自身が同じようなことをしていたかどうかはわからないが、真面目が取り柄の瀬田にはどうしても受け付けられなかった。 「でも、お前がホモだってわかったら手のひら返していじめてきたんだろ。やっぱ最低じゃねえか」 「いじめられてはないってば。萩岡くんが椿くんの事嫌いなの知ってたのに、俺が従兄弟の事そんな目で見てるなんて知ったら、そりゃ向こうにしたら気持ち悪いだろ。仕方ないってわかってるけど、やっぱつらくて…」 言葉にするとどんどん悲しくなってくる。いきなり態度が豹変した萩岡に最初はただショックで、食事もろくにとれなくなったのだ。今では冷たい態度にもだいぶ慣れたと思っていたが、信じていた友達に拒絶されたショックは簡単に払拭できるはずもなかった。 「全部、俺が悪いんだ。萩岡君に嫌われても仕方ないよ。俺が椿君を好きになったりするから…いてっ」 いつの間にか溢れ出してきた涙をぼろぼろ流していると杵島に容赦なくぶっ叩かれた。突然の暴力に唖然としていると、杵島が険しい表情で怒鳴り出した。 「何でお前が悪いんだよ、男のくせにうじうじ泣きやがって。全部萩岡の逆恨みだろ。瀬田が自分の思い通りにならなかったから、怒ってるだけだ」 「いや、でも…」 「でもじゃねえ!!」 再び反対側の頬を叩かれる。痛くて泣いているのか萩岡の事で泣いているのかだんだんわからなくなってきた。 「初めて会ったときからおかしいと思ってたんだよ、お前。よく知りもしねぇ俺のために萩岡に歯向かったり、自分が落ちるのもかまわず俺を階段でかばったり。俺は助かったから感謝してるけど、正直ちょっと瀬田の事バカだと思ってた。頼めばなんでもやってくれるし、頼まなくても勝手にやってくれるし。都合のいい友達が見つかったって喜んでたくらいだ」 「ず、随分ぶっちゃけるね…」 「でも、そんなのおかしいよな。瀬田、お前はまともな人間が全員持ってるものがないんだ。お前は自分を大事にしてない。全部どうでもいいって思ってる。しかも最悪なことに自覚がない。こんなに自暴自棄になってんのに、気づいてねぇだろ」 「…俺が? まさか、そんな」 萩岡に嫌われて深く落ち込んでいたが、自分を雑に扱っているつもりはない。けれど、確かにここ最近の瀬田は無気力で、授業にもあまり身が入らず成績はどんどん落ちていく一方だった。生徒会のファンではあったが、いくらもう慣れたと自分に言い聞かせていても萩岡を見るのはつらかった。 「瀬田は萩岡にこだわってるから駄目なんだ。あんな奴もう忘れろ」 「…忘れる?」 ほぼ丸々1年、一緒にいた友人だ。同じクラスで生徒会の一人である萩岡を忘れるなんて、半年かけても無理だったことがそんな簡単にできるのだろうか。 「だって、瀬田にはもう俺がいるだろ。俺がずっとお前の側にいて、お前が変な奴につけこまれないように守ってやるよ。だから萩岡はもういらねぇ」 な? と無邪気な笑みを見せる杵島に、瀬田は何と返せばいいのかわからなかった。すでに杵島という男につけこまれている気がするが、そこはあまり深く考えない方がいいかもしれない。 「萩岡は、もう、いらない。はい復唱!」 「え?」 「え、じゃねぇよ。復唱しろ。自己暗示だ。お前このままじゃ自滅すんぞ。ほら、言えって」 「は、萩岡くんは、もういらない…?」 「もっと大きな声で! 萩岡嫌い! ウザい!」 「萩岡くんなんか、嫌い…!」 「そうだ、いいぞ。もっと言ってやれ。あの最低色黒野郎! 運動部でもないのに日焼けしすぎなんだよ!」 「え、いや、それは別にいいんじゃ…」 「ずべこべ言わず叫べ! 萩岡みたいな奴、大嫌いなんだってな!」 最終的に杵島がただ萩岡の悪口を言っていただけになっていたが、瀬田の心は軽くなっていた。確かに杵島の言う通り、瀬田は自分が考えているよりずっと思い詰めていたらしい。散々バカなことを叫んで笑った瀬田は、いつの間にか杵島に怒っていたことを忘れていた。 その日の夜、風呂上がりでベッドの上にいた瀬田にメールが届いた。瀬田に連絡をくれるのは、今では母親か幼馴染みか杵島くらいのものだ。しかしメールの送り主はその誰でもなかった。 「…どうしよ」 今夜、このメールを見たらすぐ部屋に来い。 大事な話がある。 メールの文面を読んで、瀬田は頭を抱えた。できることなら行きたくない。けれど無視すれば向こうが何をしてくるかわからない。瀬田は少しの間迷っていたが、自分に選択肢はないのだと諦めて今から向かうと相手に返信した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |