「愛してる」を全力で 安曇悠人の秘密 次の日、昨日のショックでとてつもなく落ち込んでいた俺だが、勿論いつも通り朝は来る。学校などサボりたい気分だったがそういうわけにもいかず、俺は盛大なため息をつきながら学校の校門をくぐり抜けた。昨日のことを思いだすだけで、もう何もかもが気が重い。意気消沈のまま教室に入ろうとした時、なぜか窓際に立っていた光晴が嬉しそうにかけよってきた。 「おはよう千昭! 良かった、来てくれて」 「……別にあんなことぐらいで登校拒否なんかしねぇよ、ボケ」 昨日泣くほどビビってたにも関わらず全然気にしてませんという風を装う俺。本当は昨夜はまともに眠ることもできなかったのだが、自分のプライドのためにもそんな素振りを見せるわけにはいかない。 「いや〜ほんとにさぁ、あれがきっかけで千昭が引きこもりになったらどうしようとか、俺マジで悩んだんだからな」 「だから心配いらねえって言ってんだろ。いいからさっさと忘れろ。つか忘れてくれ」 いつまでたってもこいつに生温い目で見られるのかと思うとうんざりしてきた。苛ついていた俺が光晴の背中をどついてやろうとした時、後ろにいた誰かにぶつかってしまった。 「あっ、悪い」 慌てて謝る俺を、その男はギロリと睨んでくる。こいつは確か、木月(キヅキ)とかいう名前のクラスメートだ。 「……邪魔だ」 木月といえば大人しくて地味なイメージだったが、長い前髪から覗く奴の俺を睨む目は鋭く光っていた。奴は捨て台詞のようなものを残すと、俺の謝罪を無視して教室に入っていく。 「なんだよ、謝ったっつーのに。感じ悪ぃな」 今のが追い討ちになり、ただでさえ下がっていたテンションが、さらに急降下していく。俺は沈んだまま自分の席まで行き、机に突っ伏した。 「千昭〜、元気だせよ。お前がらしくないとこっちまで暗くなるだろ」 光晴が心配してくれているのはよくわかるが、さすがの俺でも昨日のあれはキツすぎた。もう一生分のトラウマだ。 「あんな惨めな姿、安曇にさらしちまうなんて。もうなんか死にたい……」 「おいおい! 無事だったんだから良かったじゃんか。早く忘れろって。切り替え大事!」 「でも昨日のはさすがに酷すぎる。あんなの俺じゃねぇ」 「……千昭」 俺は鞄の中から綺麗にアイロンがけをしたハンカチを取り出す。昨日安曇が俺に貸してくれたハンカチだ。 「これ、安曇に返したいけど、もうあわせる顔がねぇよ。安曇がいない時にでも、こっそり机に置いとくしか……」 「お前は馬鹿か!」 いつになく語気を強くして俺を睨み付ける光晴。俺のハンカチを持つ手をぐっと掴み上げ無理矢理立ち上がらせてくる。 「安曇先輩が、何でお前にこのハンカチ渡してくれたか考えろよ。お前のことかっこ悪いとか情けないとか、先輩がそんな風に思ってるわけがないだろ」 「っ……」 そうだ、光晴の言うとおり、彼は俺を蔑んでなどいなかった。俺にハンカチをくれた安曇は、初めて会った時の安曇と同じだ。あの時と同じで、俺にとても優しかった。このまま会わないでいるなんて、そんなことできるわけがない。 「そ…そうだよな。俺、安曇に会ってもいいんだよな」 「そうだぞ千昭! お前は身を呈して安曇先輩を守ったんだから、そのことを誇りに思うべきだ。それに昨日のアレなんかより、曜日を英語で言えないことの方がよっぽどかっこ悪いっつーの!」 「光晴……一言多い」 軽く馬鹿にされながらも、俺は光晴の言葉に励まされていた。そう、俺はあの優しい安曇が好きなのだ。いくら恋敵が頼りになる不良だからといって、怖じ気づく必要も卑屈になる必要もない。 「俺、行ってくるよ。んで安曇にお礼して、諦めないからってことも伝えてくる」 「え。ああ…うん、ほどほどにな」 善は急げとばかりに椅子から立ち上がる俺。すっかり復活した俺を見て光晴がひきつった笑いを見せいたことにも気づかず、俺は安曇の教室に走っていった。 「えっ、安曇? 俺はまだ見てないなぁ」 「……そうですか」 安曇の元へ走っていった俺はすぐ近くにいた先輩に安曇のことを聞いたが、彼はまだ登校していないようだった。意気揚々と舞い上がったテンションに身を任せてやってきた俺の勢いがちょっとだけしぼんだ。 「安曇ならさっき、外にいるの見たけど」 仕方がないから出直そうとしていた俺の耳に別の先輩の声が聞こえた。九ヶ島を訪ねた時と違って、すぐに色んな人が答えてくれるからとても助かる。 「ほんとですか?」 「ああ、体育館の方に行くのを見たよ。こんな朝っぱらから何の用だろうな。誰かと一緒だったみたいだけど」 「!」 途端に昨日の嫌な記憶がよみがえる。安曇の奴、また悪い奴らに捕まってるんじゃないだろうか。 一度そう考えてしまったらもうそのことしか頭になくなって、俺は教室を飛び出し体育館へ走った。体育館は部活動の朝練に使われている日もあるが、今日は人の気配がない。大声を出して呼びかけても反応はなかった。体育館にはいないのだろうか。 「くそっ…、一体どこに…」 もしかしたらすれ違いになって安曇はもう教室に戻っているのかもしれない。だがそんな可能性にかけるつもりはまったくなかった。 体育館の周辺を叫びながら走り回っていたとその時、体育館の裏から人が争いあう声が聞こえ俺の足が止まる。安曇だと確信した俺は声のする方へ全速力で向かった。 「安曇…っ」 俺の目に飛び込んできたのは、男が男の胸ぐらを掴み上げている姿だった。そこにいたのは予想通り確かに安曇だったが、俺は驚愕のあまり固まってしまう。胸ぐらを掴んでいた男、どうみても加害者な方が安曇悠人、俺の憧れのその人だったからだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |