「愛してる」を全力で
005
「……っ」
それから先はもうひどく一方的で、俺が放心している間に九ヶ島は4人の男たちを気絶させてしまった。ドラマの中でしかお目にかかれないような見事な離れ技を繰り出し、先程まで俺を追い詰め笑っていた奴らが次々と倒れる様を見て、俺は言葉を失ってしまう。
「安曇には何もすんなってあれだけ頼んどいたのに、ひっどいよなぁ。……って先輩、きいてる?」
すっかり気を失って白目を剥く男の頭をぐりぐりと踏みつけながらそんなことを言う九ヶ島。酷い有り様を目の前で見せられた俺は、ただただ唖然と放心するばかりだ。
「なんだ、もう寝てんのかよ」
男の頭をもう一度蹴り飛ばし、ゆっくりと俺に視線を移す。奴がゆっくりとこちらに近づいてきて俺は思わず肩を奮わせた。
「…上山、だっけ? 怪我は? 痛むか?」
「……」
俺の目の前にしゃがみこむ九ヶ島に訊ねられ、やっとのことで首を振る。かなり乱暴に扱われて身体のあちこちが痛かったが、精神的な衝撃に比べたら何でもない。
「…そっか。もう大丈夫だから、泣くなよ。な?」
九ヶ島は本当に心配そうな表情で俺の目尻に溜まった涙を指で拭う。奴が無理やり剥ぎ取られ投げ出されていた俺のブレザーを肩にかけてくれて、少しだけまともに息ができるようになった。
恋敵、もしくは安曇のストーカーであるはずの俺にそんな顔をするなんて、とんだお笑い草だ。それとも俺は奴にまで心配されるぐらい、酷く怯えてみえるということなのだろうか。
「安曇、おいで」
呼ばれた安曇が九ヶ島に駆け寄っていく。襲われたはずの安曇は制服の乱れはあったものの、その目には涙もなく俺よりずっと落ち着いているようだった。
「遅くなって悪いな。でもお前、電話のコールだけじゃどこにいるかわからねぇよ」
「……ごめん、九ヶ島」
奴が安曇を安心させるように軽く抱き締める。安曇は九ヶ島からそっと離れると、ポケットからハンカチを取り出し俺の目の前に差し出した。
「ありがとう、上山君」
もうショックから解放されたのか、安曇は温かい笑顔を見せていた。すっかり安心しきっているような、平然とした様子だ。
「……別に、俺は何も。全部九ヶ島がやったんだ」
「でも、上山君がいなかったら間に合わなかったかもしれない。助かったよ」
「……」
安曇はそう言ってくれたが、俺がまるで役に立たなかったことは自分がよくわかっていた。それがとてもやるせなくて悔しくて、俺は安曇から受け取ったハンカチを強く握り締めながらも彼の顔をそれ以上見ていることができなかった。
「でも、九ヶ島は何でここが?」
場所がわからなかった割には早かったと安曇が九ヶ島に訊ねる。奴はドアの方を見て声を立てずに笑った。
「ちょうどいい案内人が見つかったからな。……おーい! もういいぞ」
突然誰かに叫ぶ九ヶ島の視線の先を追うと、こちらの様子を恐々窺う男の影があった。そいつの顔にはかなり見覚えがある。俺の友人、緒川光晴だ。
「……お、終わった? …ってわあああ! 千昭〜っ!」
俺の惨状を見て、ヒステリックに叫びながら駆け寄ってくる光晴。さすがの奴でも何かを察したのか、青い顔でしどろもどろに叫んでいた。
「千昭お前大丈夫か!? まだ大丈夫だよな!? …いや、答えるな! 言わなくていい!」
「うっせぇ! 大丈夫に決まってんだろ!」
変な気を使い出す奴の金切り声を聞いていられず、俺も思わず叫んでしまう。その様子を見ていた九ヶ島は何がおかしいのか愉快そうに笑っていた。
「そんだけ大声出せたら大丈夫だな。上山」
いきなり名前を呼ばれて顔をあげると、奴の大きな手が俺の頭を押さえ込み、そのままぐりぐりと力を込められる。かなり痛いが、どうやら本人は撫でているつもりらしい。
「安曇を助けてくれてありがとな。感謝してる」
「……」
九ヶ島のその言葉は俺をさらに惨めにさせるだけだ。だって俺は結局、安曇を助けられなかったのだから。そればかりか自分が襲われて、ろくな抵抗もできなかった。今だって自分を落ち着かせるのだけで精一杯なのに。
「じゃあ眼鏡君、上山君のことよろしく」
「は、はい! ありがとうございました」
深く頭を下げて礼をする光晴に背を向けて、九ヶ島は安曇の肩を抱きながら教室を出ていく。奴の姿が見えなくなった瞬間、俺は小さくため息をついて光晴を睨みつけた。
「……お前、何で九ヶ島呼んでんだよ」
「だって会っちゃったんだもん。安曇先輩さがしてるみたいだったし。いやー…、それにしても派手にやらかしていったな」
床に倒れたままピクリとも動かない男たちを見下ろしながら遠い目をする光晴。俺はなるべく奴らを視界に入れないように顔を背けていた。
「もういこうぜ千昭、こんなとこ教師に見られたらヤバい」
「ああ…」
「あれ、千昭首んとこ怪我……ってあああ! ごめん今のなし!」
「だから変な気使うなっつってんだろ! 気分悪いわ!」
俺が服を整えていると顔を赤くさせて慌てふためく光晴。男としてのプライドを粉々にされただけでなく、いつもは無神経な親友にまで気を回され、俺はより一層落ち込んだ。
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