last spurt
002
「遅いじゃないですか!」
「わ、悪い」
やっと待ち合わせ場所に到着したとき、俺は指定した時刻を大幅にすぎていた。これでも人混みをかき分け走ってきたのだが、俺に待たされご立腹の友人、十和優哉(トワユウヤ)は怒った顔で睨みつけてくる。全然怖くないけど。
「ナオさんのために学校まで休んだのに、遅れてくるなんて! いったい何してたんですか?」
「いや、ちょっとした事件があってさ…」
「事件?」
フレームのない眼鏡の下で眉を寄せる優哉。その顔つきからは俺にはない知性を感じる。
「もしかして、また痴漢にあったんじゃ─」
「それは言わねえ約束だろ」
歩き出した俺はげんなりしながらも優哉をたしなめた。痴漢なんて、見た目も中身も男前! を目指している俺にとっては屈辱この上ない。
「いつも通りなら、まだ良かったんだけどな」
俺は南という男の顔を思い浮かべながらぼやいた。アイツはいったい何だったのか、結局はわからずじまいだ。知っているのは南という名前だけ。
アイツのことを考えると、つい苛立ちにまかせて早歩きになってしまう。そんな俺を見て優哉の顔が曇った。
「いつも通りじゃないって。ナオさん、もしかして最後までヤられ──」
「うおらぁ!」
「いたっ」
余計なことを言った優哉の頬をパーで叩いた。こいつ、いつも一言多いんだ。
「んなわけねーだろ。もしそんな奴がいたら返り討ちにしてやる」
「じゃあ何があったんですか」
俺は不安げな優哉に南のことをかいつまんで話した。南、と奴の名を口にしたとき優哉の目が微妙に揺れた。
「その、南─…という男、何者なんですか? 顔見たんでしょう?」
「見たってわかるわけないだろ」
「…ああ。ナオさん、他のチームにあんまり興味ないから」
「なんだよそれ」
別に興味がない訳じゃない。ただ嫌いなだけだ。
「だいたい、あの南……あ〜呼び捨てにしづらいな」
「未波さんと同じ名前ですもんね。そこまでめずらしくもないですが」
でも、と優哉は話を続けた。
「その“南さん”はいい人なんじゃないですか。話を聞く限りでは」
「まあな」
邪魔されて逃げられて腹はたったが、あそこで一悶着おこせば警察沙汰になっていた可能性もある。それは今の俺にとって非常にまずい。
「それより──」
ゴミが入ったのか優哉は眼鏡をはずし目をこすっていた。俺はその顔を見て、やっぱり眼鏡をかけてる奴は頭良さそうに見えるな、とくだらないことを考えていた。まあ優哉の場合本当に頭がいいんだけど。
「本当に、みんなに言うつもりですか」
「え?」
考え事をしていた俺はついまぬけな返事をしてしまう。優哉の顔が怒りに変わった。
「『え?』じゃないですよ。そのためにみんなを呼んだんでしょう。わざわざ学校まで休ませて」
「あ、ああ」
優哉の言葉で一気に現実に引き戻された気がした。自分の中だけで考えていたことが、だんだんとリアルになっていく。なんだか気分が悪くなってきた。でも、それでも──
「言うよ」
昨日1日しっかり考えた結果だ。後悔なんてしない。というより、もうそれしか俺に道は残されてないんだ。
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