last spurt
004
香澄との話が終わったら必ず連絡をくれと言われていたので、俺は携帯を取り出し優哉にメールを送った。授業中だからすぐに返信は帰ってこないだろうと思っていたが、それは意外に早かった。
『意外と早いですね、ナオさん』
通話ボタンを押すと今まさに思っていたことを言われてドキリとした。けれどその意味はすぐに理解出来た。
「あの野郎、話を勝手に切り上げやがった」
『香澄さんらしい』
「お前こそ早いじゃねえの。タイミングぴったりだった?」
『ええ。でももうすぐ休み時間も終わるので、手短に訊きます』
受話器の向こうからの優哉の声に、俺は無意識のうちに身構えていた。優哉の口調は普段通りの淡々としたものだったが、状況が状況なだけにとても深刻に受け止めてしまう。
『ナオさんは、香澄さんだと思いますか?』
一瞬、え? と返しそうになり、すぐに思うと答えようとして、口をつぐんだ。
チームを抜けると自分に誓った後も、ずっとトキのことが心残りだった。トキは香澄と仲が良い。トキと香澄がどうにかなるとは到底思えないが、心配だった。
悪意のこもった自己中心的な気持ちが、俺の中に存在している。
ここで裏切りの証拠をつかんで、奴をチームから追い出す。これは神様が与えてくれた香澄とトキを引き離すチャンスだ。
そう思っている自分がどこかにいる。
これじゃあまるで俺の方が悪人だ。確かな証拠もないのに断言するのはまだ早い。
「半々、ってとこかな」
『残り50パーセントは?』
「南の嘘、もしくは勘違い」
あの男とは、つい最近知り合ったばかりだ。普通に考えれば1番高い可能性だろう。けれど奴がそんな嘘をつく理由がわからない上、南は俺を助けてくれた。アイツと出会ったのは偶然であり必然だ。少なくとも俺はそう思ってる。
「とにかく俺は今から香澄をここで見張る…」
「ナオちゃん!」
いきなり名前を呼ばれて辺りを見回すと、前方から見慣れた人影がこちらに向かってくるのが見えた。
「………ヒチ?」
やや息切れしたヒチが、俺のもとへ笑顔で走ってくる。わけがわからずぼうっとしていると、すこし耳から離した携帯から優哉の声が聞こえた。
『ナオさん? もう先生がくるので俺切りますよ。大丈夫ですか?』
「………あ、うん平気」
よほどギリギリだったのか優哉はブチリと終話ボタンを押し、俺との会話を一瞬で絶った。たしかに優等生が授業中に携帯はまずいが、それにしても冷たすぎる。
「良かった! ここにいた」
どこにも繋がっていない携帯を見つめ、切ない気持ちになっている俺の元へ、笑顔で駆け寄ってくるヒチ。その安堵したような天真爛漫な姿に力が一気に抜けた。
「何の用だ」
「ナオちゃんに話があって」
「ここでずっと待ってたのか!?」
「うん。でもさっき来たとこ」
トキと違ってあまり服にこだわりがないヒチは、夏の間はいつもTシャツにジーパンだ。もちろん今日もそのスタイルだったが、シャツの柄が普段より格段に地味な気がする。ほぼ間違いなく偶然でここにいる訳ではないだろう。こんな無邪気な顔しておいて、友達をこっそり待ち伏せとは驚きだ。
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