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last spurt
003


わざわざ来た訪問者を無視して早足で歩く香澄を、俺は同じ歩調で追う。1分もたたないうちに奴は道沿いに続いていた浅い川を背にして立ち止まった。

「で、話ってなんだよ。さっさと言え」

これ以上お前と同じ空気を吸いたくない、と言わんばかりの香澄の態度。俺もまったく同意見だ。

「簡潔に言うよ。頼みがあってきたんだ。お前に、チームのヘッドを譲ろうかと思って」

「…は?」

虚を衝かれたらしい香澄は口をあんぐり開けて俺を凝視している。初めて見る奴の気の抜けた表情に俺も少し驚いた。

「だからさ、俺がやめた後はお前に全部任せようかなって。きっと未波さんもお前が適任だと思ってるだろうから」

我ながらよくこんな嘘がペラペラと口に出せるなと思う。当然ながら俺は奴にヘッドの座を明け渡すつもりなどさらさらない。これは一種の囮というやつで、もしも俺への恨みのためにチームを裏切ろうとしているなら、今わざと優しく接して奴の出方をうかがう算段だ。香澄に罪悪感なんてものがあるとは思えないが、uglyが未波さんのチームだということを思い出させることが出来れば、少しはボロを見せるかもしれない。

「てめぇ…何たくらんでやがる」

残念、というか当然というか奴の頭もまだ浮かれきってはいないらしく、香澄はまったく俺を信用しなかった。確かにもし俺が香澄だったら、こんな白々しい猿芝居には絶対騙されないだろう。

「今さらそんなこと言って、俺がお前を許すとでも思ってんのかよ。それともそうやって優越感を味わってるつもりか? 俺はお前なんかが捨てた後がまに居座る気はないし興味もない」

「お前…」

コイツのいうことがどこまで本当なのかはわからない。だが興味がないというのには驚いた。てっきり未練たらたらだとばかり思っていたのに。

「…ずいぶん腹立つ言い方してっけどな、お前がそんなんでチームはどうなるんだよ。解散か?」

香澄は目だけではっきりと不快感を表した。大方お前がそれを言うな、とでも思ってるんだろう。正論といえば正論だが。

「俺達は元からチームなんかじゃなかった。それはお前だって同じだろう」

「香澄…」

「チームじゃない集まりにトップはいらねえ」

「……っ」

確かに俺達がチームだったのは未波さんがヘッドだった時代で、今はただの定例となった集まりでしかない。だから香澄の言ったことはもっともで、正しいとも思う。それでも俺はなぜだが香澄がuglyを見捨てると宣言しているように思えた。たぶんその大本は俺達が今までチームを名乗っていた理由にある。俺達は皆が去った後も未波さんとの思い出にしがみついていたかった。未波さんやみんなのいたチームをなくしたくなかった。例え俺達5人だけになっても、その名残だけは残しておきたかった。だから今の香澄の言葉には、俺と同じようにチームから離ていくかのような印象を持ってしまったのだ。

「ここには二度と来んな。家でまでお前のツラなんか見たくねえ」

香澄は吐き出すように捨て台詞を残し、俺に背を向けて歩き出す。奴への疑いをさらに強めていた俺は、何も言わずそのままその背中を見送った。


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