last spurt
002
すっかり体を硬直させた香澄の女は、化粧もしておらず身なりはとてもだらしなかった。おそらく寝起きなのだろう。ポカンとした表情で俺を見つめている。
「…あの、香澄の知り合いの、日浦です。香澄はいますか?」
雰囲気からして年上だろうと判断した俺はなるべく丁重に尋ねたが、彼女からの返事はない。何がいけなかったのだろうと考えていた俺の耳に、ごちゃついた部屋の奥から特徴的なかすれた声が聞こえた。香澄だ。
「おいユリ! 誰だよ」
「………わかんない。でもすっげえイケメン」
「はあ!?」
香澄とユリというらしい彼女の会話を黙って聞く俺。今ユリさんが言ったイケメンとは俺のことだろうか。いい人だ。…いや、とりあえず彼女に好意的な感情を持ってもらえたようで良かった。門前払いはどうしても避けたい。
「……おいテメェ何でここにいやがる!」
訪問者が俺だと気づいた香澄は目をむいてこちらに向かってくる。奴も奴でタンクトップにジャージというなんとも気の抜けた格好だった。どうやらこの2人はかなり長い付き合いらしい。
「玲二の友達? 日浦くん?」
「あ、はい」
「ユリ! そいつに話しかけんな」
親しげに話しかけてくる彼女を香澄はねめつけ不快感を露わにさせる。その間ちらりともこちらを見ない香澄。どうやら相当俺の顔を視界に入れたくないらしい。
「何でそんなひどいこというの。友達なんでしょ? さ、あがってあがって」
「友達じゃねえ。つかコイツと話すな。家に入れるな」
「ここアンタの家じゃないし。指図しないで」
…知らなかった、香澄はヒモだったのか。それにしても強面の香澄相手にこの物言い、ずいぶん気の強い女だ。
「お前もうすぐ仕事だろ! 遅刻するんじゃなかったのかよ」
「あらー、玲二があたしの心配? 珍しいわねー」
「…あの、」
ほっとくと激しい喧嘩になりそうなので俺は不本意ながら口をはさんだ。2人の視線が一気にこちらに集中する。
「俺、家にあがるつもりないんで。ただちょっと香澄と話がしたくて」
「……」
香澄の瞳孔がぐっと開いた。これは動揺か驚愕か、どっちだ。
「ちょっとおもて出てもらっていいか?」
「……」
奴に対して珍しくも丁寧な言葉を使ったのに、香澄は警戒心を露わにしていた。やはりコイツは最初から俺を敵と認識しているらしい。
「……手短にな」
香澄はサンダルを履き、俺とは目を合わせないまま外に出てくる。俺はユリさんに頭を下げ、慌てて奴の後を追った。
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