last spurt
007
必死に動揺を抑えながら与えられた情報のピースをかき集め、いま推測できる一番の可能性を考えた。南の言葉が正しいとすれば、とても恐ろしいことになる。内容を聞く限りではこれが単なる彼の勘違いである可能性は低い。だが意図的に嘘をついているとすれば…。そんなの、その理由と彼の話の矛盾点が見つからければ単なる俺の希望でしかない。
「ちょっと聞かせてくれ。南、それ一体いつの話だ」
「それ?」
「スピロの幹部が店にきた日だよ」
なにせまだ俺がチームを抜けると公言してから、2日しかたっていないのだ。まさか偶然、復讐と俺がやめるタイミングが重なった訳ではあるまい。
「確か…一昨日の火曜日です。私が日浦さんと初めて会った」
「…おいおい嘘だろ。俺がやめるっつったその日じゃねえか」
せっかく抑え込んだはずの動揺が再び俺の心を乱す。助けを求めるように優哉に視線を送ると、彼は俺とは目を合わせず身を乗り出し南を真っ向から見据えた。
「仮にあなたの言うことが本当だとしたら──」
優哉の妙に引っかかりのある言い方。どうやらコイツは南を俺以上に信用していないらしい。
「前々から計画していたとしか考えられませんね」
「前々、って…」
ショックだった。もしこれが、トップの地位を捨てた俺の無責任さに失望し、怒りのあまり衝動に走った裏切りだとしたら、まだ良かった。けれど、そうではない。まあそんなこと、最初からわかっていたようなものだが。
「あくまで、もしもの話ですよ。僕はそんな人がチームの中にいるとは思いません」
「欲しいのはお前の意見じゃない。そんな奴はいないっていう正当な筋道だ」
今の話をすべて戯れ言だと笑い飛ばすためには、その嘘に見合うだけの理由が必要になる。つまり南が嘘をつく理由、スピロの幹部、もしくは由来自身が嘘の情報を流す理由だ。
「南、テメェも何でそんな大事なこと昨日の夜に言わなかったんだよ。そいつらは俺の名前出してたんだろ」
「す、すみません。ナオなんてざらにある名前ですし、ユライって人を知らないと言うので日浦さんのことだとは。それに、あなたは──」
弁解をペラペラまくしたてた南は急に思いつめた表情になり、俺の顔を見なくなった。
「チームの皆さんに、とても好かれているように見えました」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。優哉と南は俺の出方をうかがっていたようだが、俺には南をこれ以上責めることも、自分に嘘をつくことも出来なかったのだ。
「話はわかった」
やっとそれだけ呟くと、優哉が立ち上がって信じられないというように目を丸くさせる。
「彼の話を信じるんですか!?」
「そんなことしそうな奴が1人いるじゃねえか」
「な…っ」
しどろもどろになる優哉とは対照的に俺はいたって冷静だ。最初からこれが一番説明のつく可能性だと思っていたのだから。
「香澄なら、十分ありえる話だ」
「でも、香澄さんはチームの一員なんですよ? 確かにナオさんとは折り合いがつきませんが…まさかそんな」
未波さんに気に入られていたというだけで、香澄を信じきっている優哉には少々苛立ちを覚える。物事はそう単純じゃない。優哉は頭がいいはずなのに、どうしてそれがわからないんだ。
「まさかお前までアイツに騙されてるとは。香澄はな、自分の身だけが可愛い利己的な奴なんだよ」
かなり前に未波さんに聞いた話だが、香澄は自分を馬鹿にした奴を大勢でリンチした事もあるらしい。未波さんが奴を改心させ一旦は落ち着いたが、昔は非常にキレやすく何かにつけては殴る最低の野郎だった。
「どうするんですか、ナオさん」
優哉の冷静ながらも切羽詰まった声。これがもし事実なら香澄はただではすまされないだろう。けじめという名の制裁を加えられるのが、裏切り者には適当だ。
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