last spurt
006
「私が働いているバーは、とある不良チームのたまり場なんです」
1人分しかなかった椅子には優哉を座らせ、俺は腰に手を当て立ったまま南の話を聞いていた。どうせ座ってもすぐに立ち上がらずにはいられなくなる。
「それがスピロだったって訳か? …ずいぶん出来た話だな」
「彼らの事は私よりあなた達の方が詳しいでしょう。私はユライ本人には会った事がありませんが、その幹部は頻繁に店にくる常連です」
「由来はいない?」
「ええ、姿を見た事は一度も」
「…なるほど」
つまり南の店は俺達のたまり場のように根城にされている訳ではなく、ただの行き着けというわけか。それならまだコイツの話は信憑性があるかもしれない。
「つい最近も彼らは──その時は2人でしだが、いつものようにカウンターでお酒を呷りながら長いこと談笑していました。カクテルを作っていた私には、会話の内容が聞こえてしまって。そこに“ナオ”という名前が出てきたんです。それも何度も」
彼の話の中身はだんだんと見えてきたが、その終着点はまだ見つからない。あのとき南が言いたかった事は一体何なんなのだろう。
「彼らがユライと呼ぶチームのリーダーは、“ナオ”、つまり日浦さんを敵対視しているようで、あなたをはめる算段をしていたんです」
「ほら! やっぱり罠だったんですよ!」
それみたことかと得意げになる優哉にシリアスな空気が一気に壊れる。俺が頭を優しく小突くと優哉は顔を赤らめて大人しく口をつぐんだ。
「でもそれを、その2人の幹部は快く思っていないみたいで不信感を露わにしていました。日浦さんのチームにいる内通者を信用できない、と話していたようにも思います」
「内通者?」
聞きなれない響きに俺と優哉は顔を見合わせるが、疑問の答えは見つからない。
「内通者って、産業スパイじゃあるまいし」
「ナオさん産業スパイの意味、よくわかってないでしょう」
「うるせぇ、だまっとけ」
考えはまとまらないまま優哉に一喝した俺は、南に話の続きを促した。
「内通者の名前は一度も出てきませんでした。もしかすると彼らも知らないのかもしれません。話を聞く限りでは、どうやらその男とユライは親しい仲のようで、今回2人は手を組んであなたを陥れる計画をたて──」
「ちょ、ちょっと待て南。つまりお前が言いたいのは、俺らのチームの誰かが由来と仲良しこよしって事なのか?」
「そうです」
「まさか!」
そんなの笑い話にもならない。コイツの発想はどうかしてる。
「あのな、お前だって昨日の見ただろ? みんな体張って俺を助けてくれた。最高のチームだ」
「ええ、別に私も幹部にいるとは言ってませんよ。大方、比較的最近入った下っ端でしょう」
一瞬、南が何を言ったのかわからなかった。それをやっと理解した時、俺は恐ろしい考えに行き着いた。
「…南、あれは幹部じゃない。うちのチーム全員だ。俺達は5人しかいないんだ」
「え?」
今度は南が、何を言われたのかわからないという顔を作った。けれどそう間を空けず彼の表情はみるみる変化していく。そこに同情や哀れみを感じた俺は、急に何もかもが怖くなった。
南がゆっくりと、ためらいがちに口を開く。彼からでる言葉はきっと嫌な事だ。これ以上聞きたくない。言葉にしたら、もうそれは事実になってしまう。
「…ということはつまり、あの中にあなたを裏切っている人がいるという事です」
「……っ」
それは彼の予想でも可能性でも、何でもなかった。南は確かな自信を持って、恐怖で立ちすくむ俺に残酷な事実を突きつけたのだ。
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