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last spurt
005



その日の夕方、集会を早々に切り上げた俺は、優哉と共に南のいる病院まで足を運んだ。昨夜、南を背負った俺達は彼の歩く力がまだ残っていたこともあり、いらぬ疑いがかからないよう病院入り口間近で彼を見送った。だから当初見舞いに来るつもりはなかったのだが、こうなっては仕方がない。今の俺に出来ることは南から話を聞くことだけだ。

この病院は地元という事もあり、俺も何度か世話になっていた。たいていの軽い怪我は未波さんが手当てしてくれていたが、素人の治療には限界がある。ここ最近大きな怪我はしていないが、医師達に顔を覚えられていない事を祈るばかりだ。

「待って下さいナオさん!」

「うるせぇな、ここは病院だぞ。もっと静かに出来ねぇのか」

「ナオさんの声も十分うるさいです…」

小さく反抗してくる優哉を無視して、俺はナースステーションの女性に南の事を尋ねた。わかりやすく説明したつもりだったのに、彼女は少々お待ち下さい、と言い残し奥へ引っ込んでしまった。

「あれ、どしたんだろ。優哉ぁ、俺なんか変な事言った?」

「さあ。警察でも呼んでるんじゃないですか」

「えぇえ……つかお前って笑えねえ冗談ばっか言うよな」

ところがそのナースはそれほど時間をとらず戻ってきた。表情筋に天使の微笑みを貼り付けている彼女は、南のいる病室を快くおしえてくれた。

「513号室だってよ。行くぞ優哉」

「…はあ、」

腑に落ちない、という表情のまま優哉は俺の後をとことこ付いてくる。辺りには他の入院患者の見舞い客の姿がちらほらあった。

「その由来? とかいうスピロのヘッドを南さんが知っているってのは、一体どういう事なんでしょう」

「それを今から訊きに行くんだよ」

「でも、きっとよくない理由ですよ。やっぱりやめませんか? スピロと闘うなんて」

「またそれか。お前、しつこいぞ」

優哉の口調にはいつもの茶化すような響きは見られない。どうやら彼は本気で今回の抗争を思いとどまらせたいらしい。

「だいたい日時や場所を向こうが指定してくる事自体おかしいです。罠としか思えません! ナオさんもどうして指摘しなかったんです?」

「うるさいな。そんなことにまでいちいちケチつけてたら、度量のせまい男だって思われんだろ」

俺は優哉の小言を振り切るかのように早足で廊下を進んだ。目の端で部屋の番号を1つ1つ確認していく。

「第一、俺は由来に一度勝ってんだよ。今回だって絶対負けねぇ」

「勝ったといっても1年前の話でしょう。その由来という男はナオさんへの復讐を誓って、血のにじむような努力をしてきたはずです。もしかすると今はムキムキのマッチョ姿かも」

「ぶはっ」

優哉がすごく真面目な顔をしてマッチョなんて口走ったのと、ムキムキになった高梨を想像して俺は吹き出してしまった。まさかコイツからそんな言葉が飛び出してくるとは。

「優哉…お前すげぇ面白い事言うな…」

「冗談じゃないんですけど」

「いやいやそういう意味じゃ……あっ、あったここだ」

南の部屋を見つけた俺は立ち止まり、締め切ったドアをまじまじと観察した。どうやら奴は個室らしい。金持ちなんだろうか。

「入らないんですか?」

「いま入る」

優哉に促された俺は一瞬の迷いを捨て、ノックした後すぐ相手の返事も待たずにドアを開けた。

「身体の調子はどうだ? 南」

「えっ、あ! 日浦さん」

唐突に現れた俺達の姿に、南は目を丸くさせながら読んでいたらしい本を片手で閉じた。ベッドに横たわる彼の左手と右足にはぐるぐると包帯が巻かれていて、他にも顔やら腕やら見えるところだけでも痣や傷が目立つ。

「怪我の容体はどうですか? 南さん」

「ええ、おかげさまで。えっと、確かあなたは……」

「十和優哉。俺の親友」

俺が優哉を紹介すると、南は柔らかい笑みを浮かべて会釈する。彼の様子を一通り見る限りでは、どうやら怪我は見た目ほど酷くはないらしい。

「見舞品もなんもなくて悪いな」

「いえ、そんな。来て下さっただけでも嬉しいです」

南の笑顔に、俺の胸が少し痛んだ。本当は来るつもりなんてなかった。もちろん南に感謝の気持ちがなかった訳ではない。だが俺は自分の諸事情もろもろを考えて見舞いはよしておこうと判断したのだ。それに面と向かってお礼なんて、俺のねじ曲がった性格じゃ難しい。

「どれくらいで退院出来るんだ?」

「全治四週間。それだけあれば傷は治ります」

「…そうか」

「だからそんな顔しないで、日浦さん」

「そ、そんな顔って…」

戸惑う俺に優哉が意味深な笑みを見せる。何だか馬鹿にされているような気がして、俺は視線をそらせた。

「怪我の理由はなんて説明したんだ?」

「階段から落ちた、と」

「階段? そんなのすぐバレるだろ」

「…今夜、両親が来るんです。殴られたなんて知ったら田舎に連れ戻されてしまいます」

それだけはごめんだ、とばかりに南は初めて表情に暗い影を落とした。どうやら彼は親と訳ありらしいが、そんなことは今どうだっていい。俺は視線をさ迷わせながら南に切り出した。

「…俺、今日はお前に訊きたい事があって来たんだ」

「なんです?」

「“ユライ”のこと」

南の顔つきが変わった。やはりコイツは何か知っているらしい。きっと悪い事だ。

「由来は、スピロっつう族のヘッドの名前だ。俺は奴を知ってる。これが何より大事だろ?」

ゆっくりと南に近づきその顔を覗き込む。動揺というよりは警戒の色が強い。

「昨夜の話は嘘じゃない。奴の事はずっと高梨としてしか知らなかった。で俺は今日、奴のチームの幹部に勝負を申し込まれた。俺がお前に訊きたい事、わかるよな?」

「…ええ」

「じゃあ話してくれ。俺はもう勝負を受けちまってる」

しばしの沈黙の後、深刻な顔つきの南は俺の後方にいた優哉に目配せした。

「……出来れば、2人だけでお話ししたいのですが」

「優哉に隠すことは何もねえ」

即答した俺にやや驚きながらも南は小さく微笑み、動かせる方の手で隅にあった椅子を指差した。

「わかりました。私が知っている事を話しましょう。どうぞ、座って下さい」


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