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last spurt
3日前



翌日の放課後、俺は優哉を学校近くのファミレスに呼び出した。微妙な時間帯のため他の客の姿はあまり見えない。大事な話をするには好都合だった。

俺は今日、チームから完全に抜けるつもりでいた。いつまでもグダグダ話し合いを続けても意味がない。俺が抜けるということは必然的に優哉も抜ける。それは皆が承知していることだ。

「昨日は危機一髪でしたね、ナオさん」

ウェイトレスにドリンクバーを頼んだあと、優哉が軽い調子でそんなことを言った。昨日の真剣さと打って変わって、少し面白がるような口ぶりだった。

「でもちょっと残念です」

「何が」

「せっかくナオさんの泣き顔が見れると思ったのに、ナオさんたら平然としてるんですもん。内心がっかりでした」

「…テメェそんなこと考えてやがったのか。俺が泣くわけないだろ」

俺は優哉に限らず、めったに涙なんて見せない。昔から、男が泣くことは恥ずかしいことだと思っているからだ。

「で、ナオさん。僕を呼び出した理由は?」

「わかってんだろ」

「トキさんのことで?」

「もちろん」

優哉は目に見えてわくわくしていた。身を乗り出しているのが何よりの証拠だ。時々、コイツは本当に俺の事を真剣に考えてくれているのか不安になってくる。

「どうやって告白すれば、トキは俺のこと受け入れてくれるのかなって、ずっと思ってた。いや、無理なもんは無理だと思うんだけどさ、トキは…普通の男だし」

もしチームをやめるというのなら、告白は今日しかない。必死な様子の俺を見て優哉はさらに笑みを深くした。

「でもトキさん達が通う男子校、そういうのが多いらしいですよ。男と男がらぶらぶーってやつ」

「マジ!? …ってお前何でそんなこと知ってんだよ」

「少し前トキさんが言ってました。笑い話として。耐性ついてるんじゃないですか?」

「笑い話……耐性……」

優先の口からは嫌な単語がポンポンと飛び出してくる。もう悪い結果しか想像出来ない。

「俺はそんな話聞いたことないぞー…」

「遠慮して話さなかったんでしょう。ほら、ナオさんそういうのに敏感ですし」

「………」

確かに一昔前の俺は大のホモ嫌いだった。それが今では男に片思いなのだから、人生って何が起こるかわからない。

「ナオさんって、いつからトキさんのこと好きだったんですか」

「な、なんでそんなこと聞くんだよ」

「参考までに」

なんの参考だよ、とツッコむのはやめておいた。また優哉の詮索癖が始まっただけのことだ。

「いつって言われてもなぁ…気づいたらだんだん、って感じだったし」

「きっかけとか、ないんですか?」

「きっかけ…」

記憶の糸をたぐりよせ、トキとの思い出を振り返る。目当てのものは案外簡単に見つかった。

「きっかけ、っていうなら多分あの日だな。まだ優哉がいなかった中1ん時」

「ぜひ詳しくおしえてください! ナオさん」

「…なんか乗り気だな、お前」

俺にとっては真面目な悩みだっていうのに、優哉の奴。いつか絶対仕返ししてやる。

「チームに入ったばっかん時さ、俺のミスであわやチームが壊滅ってなったことがあったんだよ」

「……!」

どうやら優哉にはかなり衝撃的だったらしい。目をまん丸くさせて俺を見ている。

「そん時の俺かなり自己中で、自分が100パーセント悪いのに謝りもしなかった。普通ならそこで袋叩きもんだ。でも未波さん、俺に注意することはあっても絶対怒鳴ったりしなくて」

間違った事に対しては厳しい人だった。けれど両親が亡くなってから、未波さんは俺にすごく気を使って大切にしてくれていた。そんなこともあって俺のことを無意識のうちに特別視してたんだろう。

「周りも、未波さんが何も言わないから俺を責めることも出来なくて。…あの時のことは今でも鮮明に覚えてる」

あの日ほど空気が険悪だった日を俺は知らない。これはある種、最低最悪の思い出でもある。俺の真剣な語調に反応してか優哉は話を真面目に聞いてくれていた。

「そん時、俺に怒ってくれたのがトキ。誰も何も言えない状況でさ、ガツンと。あれはなかなか出来ることじゃない」

当時下っ端中の下っ端(もちろん俺もだが)といってもいいぐらいの位置にいたトキが、一番最初に行動したのだ。そこにいた誰もが驚いた。

「しかもアイツ未波さんにまで口出ししてさぁ、『こういう時はヘッドが一番に注意するべきじゃないんですか』だって。他のチームならボコボコにされててもおかしくねえよ」

けど未波さんはそれをすごく真面目にとらえた。他のメンバーも何も言わなかった。皆がトキと同じ思いだったからだ。

「それ聞いた時は腹も立ったけど、後から考えたら俺のためだったんだなって。もちろん、チームのためでもあるんだけど。あのまま謝りもせずチームに居座ってたら、きっと俺は今ここにいないと思う」

あの日から、未波さんは目が覚めたように俺をちゃんと叱るようになった。それは俺にとって、ものすごく大切なことだったんだ。

「それからトキはずっと俺にとって特別な存在だ。たくさんの意味でな」

自分のこの気持ちが恋愛感情だと気づくにはかなりの時間が必要だった。でもトキと親しくなっていくうちに、彼はどんどん俺の心の中へ入り込んできた。相手のために人を叱れるトキを、俺は未波さんと同じくらい尊敬している。自分の事よりも他人を優先させる人間には、そうそう出会えるものじゃない。

「いい話じゃないですか」

「そう、か?」

「はい。トキさんとうまくいくといいですね」

「……ありがと」

にこにこと俺に微笑みかける優哉。どうにも照れくさい。俺はすっかり赤くなった自分の顔を隠すため、勢い良く立ち上がりドリンクバーへと直行した。


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