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last spurt
007


「…南」

突然現れた救世主は、昨日俺の復讐を邪魔した男。その忘れもしないすかした善人面、無駄のない動きはまるでデジャヴだ。ただ今回は、被害者と加害者が入れ替わっている。

「良かった、まだ怪我はしてないみたいですね」

縛られている俺を見ながらこにこ笑う南。どうにも奇妙だ。この違和感はどこから来るんだろう。

「お前、何でここにいるんだよ」

昨日の今日、しかもここは全く人通りのない路地裏だ。偶然にしては出来過ぎている。

「ああ、落ち着いて下さい日浦さん。実は私、あなた達がいた店のバーテンダーなんです」

「え?」

つい間抜けな声が出てしまった。バーテンダーって、全然そんな風には見えない。

「でも、店にはいなかっただろ?」

「あなたの顔が見えたので隠れてたんですよ。日浦さんは俺を恨んでたようなので。働いてる店がバレたらマズいでしょう。そしたら日浦さん、このガラの悪い連中と飲みだしてから嘘みたいに早く酔いつぶれたんです。少し心配だったのでマスターに早引きさせてもらって後をつけました」

「………っ、なんだよそれ! だったらもっと早く助けろよ!」

俺は南の話を聞いて、感謝よりも先に苛立ちを感じた。コイツはこんなに強いんだから、俺が縛られる前にいくらでもなんとか出来ただろう。

「しょうがないじゃないですか。あなたを助けていいか、確証が持てなかったんですから」

「……?」

眉を顰める俺の前で南はペラペラ話し続ける。やっぱり、コイツどっか変だ。今ひとつ緊張感がないというか、何というか。

「あなたが殴られそうになったらすぐにでも止めようと思ってたんです。でもこの2人、日浦さんを縛った後何もしようとしないし。どうしようと迷っていた時にあなた達が言い争いを始めて、手遅れになる前に片付けました」

のびてる加賀見達を横目に見ながら、良かったんですよね? と俺の様子をうかがう南。そしてやっと、俺は奴をとりまく違和感の正体に気がついた。
この南という男、さっきから俺の自由を奪っている紐を解こうとしない。多分、俺のことをまだ被害者として扱っていいのか疑っているんだ。そう考えると俺をすぐに助けず様子をうかがっていたのもうなずける。

「南、いいからグダグダ言ってねえでこの紐はずせ」

途端に奴の表情も動きも固まる。俺の予想は的中した。

「…私のこと、殴ったりしませんか」

「しねぇよ馬鹿」

はっきり約束してやったってのに、南はなかなか動こうとしなかった。コイツ、見知らぬ人間を助けたりするぐらいお人好しのくせに、妙に疑り深い。

「お前なぁ、俺は恩人を殴るような非道な性格してないっての。だからさっさと………待て。南後ろ!」

複数の足音が聞こえ、俺は思わず叫んだ。それとは対照的に信じられないくらいゆっくりと振り返る南。コイツには危機感というものがないのか。

「これは、……困りましたね」

俺達の目の前に現れたのは、加賀見達が呼び出したチーム、ブラッド・バインズ。最悪のこの状況にも南はいたって冷静だ。

「どういうことだ、これは」

アスファルトの上にぶっ倒れる加賀見達を見て先頭にいた男がつぶやいた。この少しかすれた特徴的な声、聞き覚えがある。間違えるはずがない。俺が今最も会いたくない男、桐生だ。

「お前がやったのか?」

信じられない、と言わんばかりに南を睨みつける桐生。そのままゆっくりと視線をおろし座り込む俺を見た瞬間、にやりと不敵に笑った。

「マズい南…っ、早くこの紐はずせ!」

「もう遅い」

楽しそうに言い放つ桐生の合図で、横にいた2人の男が俺達の方に向かってきた。あっという間に距離をつめられ、そのうち1人が南の顔面めがけて拳を振り上げる。けれど南はそれをなんなくかわし、男を思いっきりぶん殴った。俺がその動きに関心する間もなく後からきた男にも蹴りを一発くらわせる。力の差は歴然だ。

「やるねぇ、兄ちゃん」

2人を相手にしていたせいで、南は桐生が間近に迫っていることに気づくのが遅れた。桐生の蹴りをなんとかかわすも、のけぞったせいでバランスを崩し出来た一瞬の隙。それを桐生が見逃すはずがなかった。

みぞおちに一発。それをまともにくらった南は立っていられず、崩れるようにして倒れこんだ。桐生は勝利を確信したのか、それ以上攻撃をしかけようとはしない。

「南!」

俺の声に反応して、奴の体が動いた。立ち上がろうと上半身を必死で持ち上げる。その姿を見た桐生は目を丸くさせながら口笛を吹いた。

「たいした精神力だな。ほめてやるよ」

けれど南が完全に立ち上がる前に、桐生は冷酷な声で周りに指示を出す。

「やれ」

次の瞬間、後ろにいた10人ほどの男達がいっせいに南に飛びかかった。当然、南にそれに対抗する力はなく一方的な暴力を受け入れるしかない。

「ナオ」

必死で南の名前を叫んでいた俺を、桐生がすぐ側で見下ろしている。俺は自身の悪運の強さを呪った。

「ずいぶん久しぶりだなぁ。元気にしてたか? uglyのリーダーさん」

目の前で南が殴られてるっていうのに、俺の周りの時間は止まったようにゆっくり過ぎていく。桐生は俺を見下ろしながら捕食者の笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいた。


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