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last spurt
006


揺り起こされて初めて、自分が酔いつぶれていたことに気がついた。目覚めたばがりで頭が異常にくらくらする。

「おい、起きろ」

この声は…加賀見か。あれだけ大口たたいていたくせに、ここまでへべれけになるなんて面目ない。
瞼が離れたがらないせいで周りの様子がよくわからないが、異様に寒かった。かすかに風もある。もしかしてここは外か?

「んっ…」

ぼやける視界をなんとかしたくて目をこすろうとするが、手が動かない。その時になってやっと、自分の異変に気がついた。

まばたきを繰り返して無理やり意識をはっきりさせ、この状況を理解しようとした。俺がへたりこんでいるのは外で、辺りは暗く目の前には2人分の人影。加賀見と瀬尾だ。俺は後ろで両手を縛られ、あろうことか足首まで紐で固くしめつけられていた。

「な、…え……?」

何が起こっているのかわからない。俺の手足の自由が奪われている理由も、加賀見達がそれをただ見ている理由も。

「やっと起きたな、柴田。待ちくたびれたぜ」

「今さら気づいても遅いけどなぁ。むしろ寝てたままの方が良かったかもよ」

ゲラゲラと下品な笑いを浮かべる2人を見て、自分の立場を少しだけ理解した。最低最悪。それだけは確かだ。

「…何のつもりだ」

ここからは慎重に、相手の目的を判断する必要がある。この世界に身をおいている以上、危険な目にあうのはこれが初めてじゃない。いつでも覚悟は出来ている。ただ、今まで両手足首の自由を奪われたことはない。迂闊だった。

「アンタに恨みはないんだけどさ、ただ運が悪かったよな。でもお前みたいな奴、見逃す訳にはいかなかったんだよ」

奴らの意図はまだ見えてこない。だいたいこの2人は何者なんだ。俺が誰なのかわかってやっているのだろうか。

「…っ紐、はずせよ…」

コイツら、ただのチンピラの割に紐を綺麗に縛りすぎだ。俺がいくらもがいてもビクともしない。

「はずせるわけないだろ。そんなことしたら逃げんじゃん。せっかく今からお楽しみが始まるってのに」

瀬尾のこの言葉……リンチか? ああ、やっぱりむやみやたらに人を信用するもんじゃないな。俺が飲んだグラスには、酒以外のものも混じっていたらしい。変な薬じゃないといいけど。

「そんな顔するなって柴田。大丈夫、ウチのトップの相手をするだけだ。うまくいけば気に入ってもらえっかもよ」

ウチのトップ、という言葉で気づいた。この2人はどこかのチームに入ってるんだ。でも俺はそれが見抜けなかった。俺のミスだ。

「相手にする、ってなんだよ。サンドバックにでもなれってか」

「いや〜…はっきり言うと…輪姦?」


「…………は?」


待て、俺はそんなことされる訳がない。だって俺は──


「男だっつったじゃん…っ」

またしてもそういう対象に見られるのかと泣きたくなった。そんな俺を見て瀬尾は眉を顰め口の端を歪めて笑う。

「男で良いんだって、ウチのトップの思考だから。男なら警察に行かれることもないしな」

瀬尾の言葉を聞いた瞬間、背中に嫌な汗が流れた。野郎を好むヘッドなんて、アイツしかいない。


いつもなら、そこまで危機感を持つ必要はないんだ。1人で大勢を相手にすることなんてめったにないし、俺にそんなことをしたらチーム同士の派手な抗争になることは目に見えている。けれど今、俺は体の自由を奪われている上、1チームのヘッドという扱いではない。絶体絶命だ。やっと、自分には余裕なんてものが欠片もないことに気がついた。

辺りを注意深く観察し、逃げ道を探す。ここは電灯もない薄暗い路地裏。もちろん人通りなんてものは全くない。でもどんなことをしてでも逃げ出さないと、俺の人生はここで終わる。

「男が趣味って、お前らのボスはホモかよ。気持ち悪ィ」

自分のことは棚に上げて瀬尾らを挑発する。これで逃げる隙が出来ればいいが。

「テメェ…」

加賀見にぐっと髪を乱暴に掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。

「ずいぶん度胸あんじゃねえか。でもなぁ柴田、今度俺らの前で桐生さんを罵倒したらただじゃすまさねえぞ」

桐生。やっぱりアイツか。

落胆しながらも俺は加賀見達の様子をうかがう。2人を煽ることに成功したが、隙は出来そうにない。むしろ逆効果だったようだ。

「でもさぁ加賀見、桐生さんを電話なんかで呼び出しといて、もしコイツを気に入らなかったらどうすんだ。俺らボコボコにされるって」

瀬尾の言葉に加賀見は鼻で笑った。

「まさか。この顔だ、気に入らない訳ないだろ。柴田、テメェもその生意気な口引っ込めて大人しくしとけよ。そしたら痛い思いしなくてすむからさ」

正気は失うかもしれねぇけどなぁ、と余計なことを耳元で囁く加賀見。その表情はひどく楽しそうだ。

「それにしても、桐生さん遅くね? 連絡してからもうだいぶ──」

ゴツッというにぶい音がしたと思ったら、いきなり目の前で瀬尾が倒れた。呆気にとられる俺と加賀見。そして何が起こったのか理解する前に、隣にいた加賀見も低いうめき声と共に意識を失う。


「お前……」


代わりに現れた人影。その顔には見覚えがあった。


「大丈夫ですか? ──日浦七生さん」


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あきゅろす。
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