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last spurt
005


パーカーのフードを深く被った俺は、前髪の隙間から妙な時間に現れた客を注意深く観察していた。どちらも見覚えのない顔で耳に光るピアスが目立っている。2人は入り口近くのカウンター席に座りバーテンダーに酒を頼んでいた。

男達のやかましい声が店内に響き、先ほどまでの落ち着いた雰囲気は消えた。あの2人はこの店にそぐわない。どうやら天はまだ俺を見放してはいなかったようだ。あの席でだらしない会話を続けている男達が、どこかのチームの幹部である可能性は低い。どう見てもただのチンピラだ。
そいつらの声は俺の耳にまではっきりと聞こえてくる。会話の内容は普通の人だったら思わず耳を塞ぎたくなるようなものだった。犯罪スレスレの出来事を自慢気に話している。馬鹿な奴らだ、とも思ったが俺も人のことは言えない。俺達のチームがしてることだって、間違いなく法に触れるだろう。
俺が犯した罪といえば喫煙飲酒…後は誰かを殴ったことぐらいなもんだが、香澄はいろいろやってた。未波さんの目を盗んで、スリや恐喝。特に街で“たまたま”ぶつかった通行人から財布を抜き取るのは奴の特技だ。やりあった相手から金目の物を奪うのも、もはや日常茶飯事だった。
確か、スリの常習犯だった香澄を俺が未波さんにチクったんだっけ。そのあと奴は未波さんにこてんぱんにやられてた。思えば俺達の仲が険悪になったのはその頃からだったかもしれない。俺も昔はガキだったな。今でもじゅうぶんガキだが。


「ねぇ」

考え事に耽っていた俺は、さっきまで警戒していたものがすぐ側まで来ていることに気がつかなかった。

「1人? 何してんの」

カウンターにいたはずの男達が、なぜか笑いながら俺の前に断りもせず座りだす。俺が女だったらナンパかとあきれるところだが、そうじゃない以上奴らの意図がわからない。

「俺、男なんだけど」

フードをはずしながらイラついた声で男達の誘いをはねつけると、顔をきょとんとさせた2人は互いに目を合わせて突然吹き出した。

「わかってるよ、そんなの」

「つか女には見えねえし」

2人の面白がるような口調に、今度は俺がきょとんとする番だった。

「そ、そうか」

勘違いしていた自分が恥ずかしくなって、顔に熱が集まる。
くそ、ここまで過剰に反応してしまったのは痴漢になんかあったせいだ。

「じゃあ、何で俺に話しかけんだよ」

ツンツン頭の男が、探るような俺の視線をものともせず明るく答えた。

「いやあ、近年まれにみる色男が1人で寂しそうにしてるもんだから、つい」

どこか揶揄するような口調だったが、不思議と不快にはならなかった。誉められるのはいつだって気分がいい。

「俺は瀬尾。こっちは加賀見。アンタの名前は?」

ツンツン頭が瀬尾、その連れが加賀見というらしい。瀬尾に名前を訊かれて、俺は少し迷った。

「柴田だ。2人はよくここに来んの?」

勝手だが、修平の名前を拝借した。そしてこれ以上詮索される前に話題を変えた。

「いや、初めてだよ。そっちは?」

「俺も」

コイツらをどうやってかわそうかと頭の中で考えを巡らせるが、2人はなおもしゃべり続ける。危ない奴らじゃないのだろうが、急いでいた俺は手っ取り早く店を出ることにした。

「じゃあ、俺はこれで」

「待てよ」

立ち上がろうとした俺の腕を笑顔でつかむ瀬尾。けして力は強くない。

「ここで会ったのも何かの縁ってことで、一緒に飲もうぜ」

「悪いけど、俺は禁酒してる」

途端に瀬尾の口がおかしな方向に曲がった。

「そんな堅いこと言うなよ、奢るからさ」

「…………………マジ?」

恥ずかしい話、俺が禁酒してる理由はたった1つしかなかった。20歳未満だからでも、将来の健康のことを考えてるわけでもない。今は酒に使うほどの、金の余裕がまったくないんだ。

「マジマジ、俺最近大金が入ったからさ。ウイスキー飲ませてやるよ。ストレートでも水割りでも。ウイスキー好きか?」

「大好きっ…」

思わず本音が出てしまった。俺は早く優哉達のところへ行かなきゃならないのに。こんなところで油を売ってる隙はない。

「1杯だけ。なあ、いいだろ?」

「…………………1杯だけなら」


酒の依存性ってすさまじいものだ。俺はいとも簡単に誘惑されてしまった。













それから数十分後、あれだけ不機嫌オーラを出していたはずの俺は瀬尾達と意気投合し、すっかり出来上がっていた。酔っていたって意味じゃない。酒にはめっぽう強い方だ。ただ飲むと少しハイになる。高い酒だとなおさら。
優哉には『少し遅れる。心配すんな』という簡単なメールを送っておいた。電話をしなかったのは小言を言われたくなかったからだ。

「俺、ウイスキーも好きだけどスコッチも好きだな」

さすがにそこまで奢ってはくれないだろうと思いつつ、ついねだるような口調になってしまった。禁酒生活の反動のせいか、体はもっともっとと酒を欲しがっている。

「柴田、ちょっと飲みすぎじゃねえ? 大丈夫なのか」

「平気平気」

加賀見の不安そうな声も無視した。俺に酒を進めたのがそもそもの間違いだ。俺の酒豪っぷりは他の比じゃないぞ。多分奴らはそろそろ財布の心配をした方がいい。

「俺、酒にはすげぇ免疫あるから。いっくらでもいけるぜ…」

とは言え頭が少しだけぼーっとしてきた。久しぶりに飲んだからだろうか。俺、べろべろに酔ったことなんか一度もないのに。

「でも…おかしいな…今日はちょっとやりすぎた、かも。なんか…変だ」

いつもは感じることのない眠気が俺を襲う。瞼がくっつきそうになるのを必死で我慢した。だが刺激が欲しいと、もう何杯目かわからない酒を思いっきり呷った瞬間、意識がぷっつりと途切れてしまった。


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あきゅろす。
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