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last spurt
004




昔、未波さんから何度も注意された。

この街には、足を踏み入れてはいけない店がいくつかある。そこを他の族の幹部らが根城にしているからだ。理由もなくわざわざ敵陣に乗り込む馬鹿はいない。自殺行為だ。
だが俺は今、恐らくはその中の1つであろうバーでグラスを傾けていた。俺だって好き好んで入った訳じゃない。仕方がなかった。

つい数十分前のこと、奴らはまるで俺を囲むように、といえば自意識過剰かもしれないが、少しのすり抜ける隙間もなく路地を封鎖していた。ブラッド・バインズは数だけは多いチームだ。その集団には知らない顔がほとんどだったが、ただの不良でないことはすぐにわかる。チームに入ってる奴らには独特のオーラがあるからだ。このオーラをわざと出しているといっても過言ではない。だが、それはこちらにとっても好都合だった。

uglyのヘッドだということがバレると決まった訳じゃない。バレても喧嘩をふっかけられない可能性もある。でも俺が奴らの正体を見抜いたように、あの連中も俺に気づくだろう。それに俺はもうすぐこの世界から抜ける身だ。無駄な抗争はなるべくさけたい。

不意に複数の足音が近づく音が聞こえ、俺はすぐ近くにあった地下へと下る階段をおりた。それが、わずか5分前のことだ。

そこにはいつも俺達がたむろしているようなショットバーがあり、“Truth”とかかれたネオンの看板が光っていた。無我夢中でそこに飛び込んだ俺は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

中はカウンターに様々な種類の酒が並ぶ、洒落た雰囲気のどこにでもありそうなバーだった。こんな時間だからなのか俺以外の客はいない。1番奥の席に座り一息ついた俺は、カウンターに誰もいないことに気がついた。本当に開いているのかと不安にもなったが、同時に昔、未波さんから何度も注意されたことを思い出した。

この街には、足を踏み入れてはいけない店がある。そこを他の族の幹部らが根城にしているからだ。

──俺は、ここにいるべきじゃない。
追い立てられるように入ったもんだから何も考えていなかった。
とその瞬間、奥から店の店員らしき男が出てきて、なぜかはわからないが俺の心には余裕ができ、根拠のない安心感が芽生えた。人がいた、ただそれだけのことなのに。

どうやら俺はかなり神経過敏になっているらしい。こんな時間からチームの連中が酒を呷りにくるはずがなかった。それにここはブラッド・バインズの幹部が通う店ではない。それだけは確かだ。もしそうなら俺が知っているはずだから。

いま気弱になっているのは、きっとこの店に漂う妖しい雰囲気のせいだろう。このまま何も頼まず店を出るのも変だから、一杯飲んだらすぐに出よう。その頃には奴らもいないはずだ。そう考えた俺はジンジャーエールをカウンターに立つ男に頼んだ。





空になりそうなグラスを両手で握りしめながら、俺は未波さんとのことを思い出していた。未波さんは他の誰よりもかっこ良くて、仲間思いで、今でも1番尊敬する人だ。昔の俺はずっと彼と一緒にいられると信じていた。けれど未波さんがチームを抜けたその日から、俺が彼と関わることはけして許されなかった。

未波さんが俺にチームを任せてくれたことは嬉しかったが、不安の方が大きかった。こんな俺で大丈夫だろうか。自分がチームを駄目にしてしまうのではないかと、ずっとそればかり考えてきた。

チームは小規模になってしまったが強さは衰えていない。俺はそう思ってた。けれど数に頼る奴らが多い今、uglyの評判は下がるばかりだ。どうしてこうなってしまったんだろう。本当にこのままやめてしまっていいのだろうか。俺がしてることは、ただの“逃げ”なんじゃないのか。




カラン、とグラスに入った氷の溶ける音がして、我に返った。それとほぼ同時に店の扉が乱暴に開き、柄の悪い2人組の男が目に入った瞬間、全身の毛が逆立った気がした。


──ああ、今日はなんて厄日なんだ。


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あきゅろす。
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